8.


Writer 神実



「ったくもう…何なの、この量はっ!」
 軽い息切れ混じりの叫びは、モンスターのひしめく森の一角によく響いた。
 いきなり襲いかかってきたモンスターに対し、とりあえず剣をふるいはするが、シリオンから言われた言葉がありとどめをさす事が出来ず、オムレットはかなりの無理を強いられていた。おまけに敵はあとからあとからやってきている。
(一匹の死でも種の滅亡に関わる事がある。人間と違って動物は無駄な繁殖はせず、自然と数は淘汰されているから、それだけ種における一匹一頭の役割の重要さが───)
「ああっもうっ!!頭の中の思い出しシーンでまでうるっさああぁぁあーっいっ!!」
 その大声で一瞬、モンスター達がひるんだが、オムレットはそんなことには気付きもせず髪を一振りして、剣を握る手を持ち直した。
(それにしても…)と、ふとオムレットは思った。
(さっきからなーんか手応えが無いのよねー…。確かにとどめはさしてないけど…相手にダメージを与えたっていう、こう、反動っていうか…これじゃまるでホログラム相手のシューティングシミュレーションみたい…)
 ガツッとモンスターの頭部に剣が当たり、昏倒する敵を動きながら見遣った。
 確かに剣に当たったし、そこから伝わるしびれや衝撃はある。腕はもうヘトヘトになっている。筋肉に力が流れている証拠だ。
 なのに?
 何か…何かしっくりこない。
 パンは小麦粉から出来ているはずなのに、口に入れてそれを噛んだ瞬間、小麦粉じゃない何か別の感触があった。そんな感じだ。
「っあー、イライラする…!」
 チッと舌打ちし、さらに増えてくるモンスターを目の前にして、オムレットはそろそろ本気で逃げることを考え始めていた。

 …ふと、空気が引っ張られるような、ざわりとした感触を感じた。
「え?」
 動きを止めたオムレットの耳に、つんざくような風の悲鳴が聴こえた。それと同時に空間が縦に歪んだような激しい衝撃が彼女の躰を襲った。
「っ…!!」
 イタイ!!
 躰が引き裂かれるような圧力を感じたその次の瞬間、期待はずれなような優しさで、ぽわんと弾けるように何かが解放された。
 強い一陣の風が唐突に吹き抜け、森はさっきまでと変わらない姿に戻っていた。
 ──いや、若干の変化はあったのだ。
 さっきまでむしむしと重苦しい湿気を孕んでいた空気が、乾燥的でカラリとした空気へと変わっていた。
 どこか暗く陰鬱に見えた森の様相も、さっきまでとはどこか違って見える。明るく陽が射しており、そこにいるだけで癒されるような、そんなイメージになっている。
 一瞬の圧力のせいかズキズキと痛む頭を押さえ、オムレットは荒い息を吐いた。
「…っ、なんだっつうのよ…っ!」
 かすむ目で周りを見回すと、そこにもう一つの変化があることに、彼女は気付いた。
「…消えてる…?」
 あれだけいたモンスター達の、影も形もそこには無かった。倒したモンスターさえ消えていた。
 思わずへなへなと膝をつき、握りしめていた剣がカランと音をたてて地面に落ちた。
「…なんだっつーのよおおおおっ!!もお知らーんっ!!」
 森中に反響する大声で叫びながら、オムレットはバタンと背中から草の上へと倒れ込んだ。

 オムレットの大絶叫より少し前の時間。
 一方のシリオンも大分興奮した状態にあった。
「凄い…こんな遺跡の存在はどんな記録にも確認されていなかったぞ…!この建築様式に細工に用いられている文様はどんな文明にもルーツが見えないな…いや、ミスリャン文明の後期神殿模様に近いものはあるか…それにしても独特な…」 
 今やシリオンの頭には友人とはぐれている事など吹き飛んでいた。
 冷静に分析していきつつも、その声には隠しようのない熱があった。
「どこかに文字でも無いかな…形式からみておそらく神殿のようなものだが…そうすると建築を命じた者も名前、目的、良くて年表があるはずだが…」
 夢中になると、周りに誰かいようがいまいがやたらと饒舌になるのが彼女の悪い癖だった。
 ぶつぶつと口の中で呟き続けるその姿は、初めて見る者がいたらかなり異様だろうが、シリオンの事を知っている者からすれば『またか』と思うところだったろう。
 それほど彼女の『遺跡病』は有名だった。
 普段は口をきくのも面倒くさがるのに、こと研究に関するとなると、オムレットの食べ物に対する情熱に近いものあった。
「あー…この遺跡が記録に残せたらな…オムがいれば出来るのに…。そういえばあいつどこに行ったんだ?」
 ふと思い出して、シリオンは一瞬動きを止めたが、またすぐに動き始めた。
(まあ、いいや)
 そうやって調査が再開されてからしばらくして、あるものを発見し、ふとその手が止まった。
「何だこれ」
 遺跡のほぼ中央の位置に、広い部屋があったのだ。
 高い天井には円い穴が開けられていて、そこから美しい陽の光が漏れてきている。
 四方の石壁には美しい女神の彫刻が施されていて、天井から差し込む光によってつくられた明暗が、まるで模様のように部屋中を彩っていた。
(何だろう…ここが玄室なのか?)
 その美しさに目を見張りながら、シリオンは軽く一礼してから室内へと足を踏み入れた。
 壁の彫刻を眺めながら、ふと中央に目をやると、陽の光でごまかされて見えなかったが、何かキラキラと光るものが浮いているのに気付いた。
 小さな光の玉のようだった。
 シャボン玉を固めたような白い光が、ふわふわと部屋の中央で陽の光を浴びるように浮いている。
 淡く周りに光を放つそれを見つめながら、シリオンは引き寄せられるようにして、その光に触れた。
 途端、バシッと火花が散り、触れた指先から電流が走り、そこに小さな火傷をつくった。
「ってー…何だ…?魔法…か?」
 火傷のあとをさすりながら、その光をしげしげと見つめた。
(触った感じじゃ、何かの装置みたいだったな…結界?古い遺跡に残る最後の魔法の核…)
「ということは、あの予想は当たりだったんだな」
 シリオンは調査記録や資料を読む内に、どうやらこの島全体に『結界』がはられているようだ、と見当をつけていたのだ。
 第一調査員の中に具合が悪くなった者がいた。頭痛に眩暈、吐き気。
 あれが明らかに魔法酔いだ。準備もせずに素人が魔力に触れると、ああいう反応を示す事が多い。
(それにあのモンスター達)
 今では存在しないはずの種族や、すでに進化した種族の古い姿を保っていたモンスター達。
(あれは幻像だな。結界に侵入してきたものに無条件で攻撃するよう設定されてる。相当古い仕掛けだからこそ、今では滅びた種族の幻像が使われているんだ)
 結界への侵入を拒み、それを果たそうとするものに攻撃さえためらわない。
 そんな事をする理由は一つ。
(中にあるものを護る為だ!)
 思いついた瞬間に、込み上がってくる笑いを抑えきれずシリオンは口元に不適な笑みを浮かべた。
 火傷をさすりながら頭の中で結界を解呪する為の魔法式を組み立てていく。
 シリオンは少しばかり…いや、結構頭にきていた。ムカついていると言ってもいい。
 この自分に魔法反応による傷をつけるとは、何という無礼な魔法だろう。
(これは私に対して明らかに挑んでいるだろう…)
 ふん、と鼻の先で笑った。
 それならば、特に必要もないがこの結界を解いてさしあげよう、というものだ。
 ──よくストイックと誤解されがちだったが、実はシリオンは、負ける事が一番大嫌いだった。
 何かについての優劣において、普段は気にもしないくせに、一旦挑まれると相手を徹底的に叩きのめすまで勝ってやる、という性格だった。
 負けず嫌いな彼女は、懐から本を取り出し、『結界』の項目を開いた。



 






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