6.


Writer 神実



 ペラ、と細い指先が紙をめくった。
(えー…と、“南4エクターラ、海方21。第一調査責任者、フォメイ=レオット。この島は…”)
 『周囲の海流がやや独特で、ムス海流に酷似している。その為、海上技術の未発達な我が大陸では調査が難しく、近年になってから魔術による移動方法が確立し、それに伴い調査が決行された。調査員は生態学博士フォメイ・レオット、他研究員4名で構成され、調査期間は五日間の予定で実施。』
 流れるように文を目で追っていきながら、シリオンは次の文章で、視線を止めた。
 『調査結果──この島における学術的価値のあるものは発見されず。』
(…第一調査隊はあのモンスターを見てない?)
 怪訝に思いながらも興味をそそられ始め、ページをめくる手が速まった。
 『生物の存在が極少数で、孤立した土地にしては独自の発展性が無いとの意見もあったが、生態学的には有り得るとの判断。第一調査を終了する。』
「…何だよ。これで終わりか」
 不満げに呟いてからパラパラとめくっていると、彼女の淡い金の眼がある項目で止まった。
「調査員の健康状態…」
 そこには簡潔に、調査員の一人が調査中に眩暈、頭痛、吐き気を起こした、と書かれてあった。
「眩暈、頭痛に吐き気…か」
 呟きとともに、シリオンは口元にニヤリと笑みを浮かべた。
 顔形がいくら良くても、明らかに性格が伺える笑い方である。

 ホカホカと温かい湯気をたてるパンの入った袋を抱えて、オムレットは幸せそうに帰途についていた。
(焼きたてでラッキー!家ついたらお茶いれて、クッション出してー…)
 満面の笑みのまま、オムレットはポケットから鍵を取り出した。
 軽い音をたてて金属製のドアを開けると、すぐにランプを点けて部屋の中を明るく照らした。
 室内は冷え切っているが、暖房器具は無いし、オムレットはその冷気を気にもしていないようだった。
 一般より少し狭いこの部屋は、ベッドと小さな棚、それと──無数の黒い金属製の箱で埋め尽くされていた。
 足の踏み場もないほど置かれていて、箱同士長いコードで繋がれている。
 この部屋を、いつか片そう片そう、と思いながらオムレットは数年を過ごしている。
 得てして本人に気概がある時に限って、物事は上手く進まないものである。
 パンの袋を箱の一つの上に置き、中から一つを取り出し口にくわえると、一際大きな箱の前に座り、電源を入れた。その途端、箱という箱からブーンという小さな虫の羽音のようなものが聞こえだした。画面に明かりが点る。
(他の経由で調べといて…か)
「調べてやろーじゃん」
 彼女もまた、友人と同じように不適な笑みを口唇に浮かべたのだった…。
「あ、でもその前にお茶いれよーっと」
 どこまでも呑気にオムレットは言った。

「あ、いたいた、リオーっ!」
 学術院の荘厳な正門の前に、段差に座り込んで本を読んでいる友人の姿を見つけ、オムレットは大声を出した。
 周囲の幾人かが視線を向ける中、シリオンは顔を上げた。
「…やっと来たか。いつも遅いな、お前は」
「いやいや、ちょっとダウンロードに手間が…」
 意味不明な言葉を言うオムレットに、シリオンは軽く眉をしかめたが、追求はせず、本を閉じた。
「さて、行くかな」
「こないだは港まで魔法で行って、後は船で行ったよねー。今日も?」
「いや、今日はあそこまで一度に行ける」
「へー。何でー?」
「行ったことがある場所なら行けるんだ」
「ふうん。ま、いーや」
 少しも理解しようとしていない顔で頷いたオムレットは、呆れ顔になったシリオンを急かすように、早く早く、と学術院の中庭にある移動魔法陣へと向かい、歩き出した。

 シリオンの所属するマトディ学術院とは、あらゆる学問の高みを行く知識の巣とでも言うべき場所で、恐ろしく難しいと言われている入学試験をクリアすれば、5年間好きな勉強をすることができ、卒業すればそれだけで、あらゆる職に就くことが出来る。その為、生徒には肩書きの為だけに入学する貴族の子が多かったが、中には本気で学問に打ち込む者もいて、彼らは頭脳さえあればそのまま卒業後も専門研究者として学術院に残れた。
 マトディの中でも特に厚遇されているのが『魔導学』で、世界に数多いる魔法使いで、この学問を学んだ者は一流の魔法使いとされていた。
 その為、学内には魔力作用を助ける仕掛けなどがあり、例え魔力が弱い術者でも、効果を倍にしてくれるものがたくさんあった。

 魔導学には関与していないながら、高名な魔法使いであるシリオンも、その効果の恩恵は利用させてもらっていた。今向かっている移動魔法陣もその一つだ。
「…にしても遠いってー!中庭のくせに何q歩けばいいのよー」
「文句言うな。何千万qって距離をチャラにするためだろう」
「だってぇー…別に魔法陣とか無くても行けるくーせーにーっ」
「魔力の無駄遣い。疲れるしな」
「…そっちが本音でしょう」
「ああ、うるさいな。ほら、あともうちょっと歩けば着くんだから」
 と、シリオンが指差した先までは、どうやら1qほどありそうだった。
 ドタッと地面に突っ伏すオムレットを無視して、シリオンはさっさと目的地にむかって歩いた。


 







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