4.


Writer 神実



「そこで待ってろ」
 そう一言残すと、シリオンは重そうな石の扉の向こうに消えた。
 広いホールに一人残されたオムレットは、友人の後ろ姿を見送った後、頼りなさげに周りを見回した。
 重厚と呼ぶか荘厳と呼ぶか。
 軽く三階分ぐらいある高さの天井には世界の成り立ちの絵が描かれており、それを細工の入った太い柱が支えている。床はガラスの様に透き通っていて、オムレットは水面の上に立っている気がして、落ち着かなかった。
 火一つ無いというのに、ホールの中は明るい。四方の壁が鈍く光っているのだと気付くのには、しばらく時間がかかった。
(キッレーイ…さすが。そういやマトディの中に入るのって初めてじゃん)
 ウキウキと天井画を見上げるオムレットの背中に、突然鋭い叱責の声がかかった。
「そこの者!何をしてる!学生は今授業中の身だろう!」
 厳しい声に、一瞬ビクリとしたオムレットは、後ろを振り返った。
 眉間に皺を寄せた、いかにも気難しそうな老人が、長いローブを引きずって自分を睨んでいる。
「あ、えーと、あの、あたしはここの学生じゃなくって…」
「…学外者か?ならなおの事何故ここにいる!ここはマトディ学術院だぞ、うかつに立ち入るな!」
 頭ごなしに怒鳴りつけてくる老人に、オムレットはムッとした。
 確かに自分は学外者だけど、自分をここまで連れてきたのは学内者のシリオンだ。ここまで怒鳴られるいわれは無かったし、それに妙に偉そうな老人の態度は、敬老精神を忘れさせるに充分だった。
 高い身長を威圧的にかがめて、何か言ってやろうと口を開いた矢先、彼女の耳に聞き慣れた声が届いた。
「待たせたな。さて、どこに行…」
 呑気そうに喋り掛けてきたシリオンは、向かい合う二人の姿に一瞬目を見開いた。
 その視線が老人の方に注がれた瞬間、彼女は何者をも排するような硬い無表情になった。
 闇夜の猫のように鋭い眼光を受けた老人の表情は、みるみる内にさっきまでの表情から塗り替えられた。
 すなわち、畏怖と嫌悪。
 偶然にも嫌悪だけはシリオンにも浮かんでいる。だが双方ともその共通点を喜んでいないのは確かだった。
(うあー…ハタから見てても明らかに仲悪いしー…)
 オムレットが口元に引きつった笑みを浮かべた直後、数秒に渡る睨み合いは終わった。
 突然身を翻して、ローブの裾を引きずりながら老人が立ち去って行った。
 その背中をムスッとした顔で見送ったシリオンに、オムレットは尋ねた。
「誰、あのジイさん」
「…言語学部の学部長」
「仲悪そーだったねー」
「見りゃ解るだろう」
「うん。よく解った」
「ああいう権力志向の強者にへつらい弱者に厳しい奴とは根本的に意見が合わない。…それよりメシなんだろう?店決めてるのか?」
「ああっ!そーだったっ!えっとね、えっとねぇっ!」
 食事に関する事でオムレットの騒ぎは誰にも止められない。
 これ以上ホールの人目を集めてしまう前に、シリオンは門を出た。


 食事店『リアラロ』。
 豪華なフルコースから甘いデザートまで出すこの店は、オムレットの最近のお気に入りだ。
 混んでいる客の中、要領よく窓際の席を陣取った二人は、広げられたメニュー片手に注文をしていた。
「鳥の香草焼きと、ラルフィッシュのムニエルとー、レレク牛のタム風と、野菜のごった煮込みスープと、マンソースのパンと、あとね…」
「…黒鶏のキルカル煮とアイスサラダ、それと草茶」
 メニューの端から端まで注文するような勢いのオムレットに、シリオンは何のコメントもせずに淡々と自分の注文を済ませた。慣れているのだ。
 さらに十数の品数を注文し、店員が目を白黒させながら厨房に戻っていくと、シリオンはさっそく本を取りだした。
「あんた、また本なわけぇ?」
「うるさい。この本は調査に関係してくるんだよ」
 シリオンは仏頂面でチラリと表紙を見せてみた。
 題名は『大陸種の動物生態学』。
「あー…やっぱ?」
 思い当たる事があり、オムレットがそう言うと、シリオンは顔も上げずに言った。
「やっぱって?」
「ん、だからー…あそこのモンスター達、一般的に言われてるヤツらと似てたけど、見たことの無いヤツのが多かったじゃん。でも能力とか、未発達だったから、進化したヤツとは思えない…つまり」
「進化ではなく先祖…それに大陸上での絶滅種まで存在、と」
 しばらくお互いに沈黙が訪れた。この推論に穴がないか、それぞれ頭の中で考えているのだ。
 これが事実だとしたら、あの島は学術的にかなりの価値があることになる。
「…でもさ」
 最初に口火を切ったのはオムレットだった。
「ありえない話じゃないんじゃない?だってあそこ重要自然財でしょ?隔離されて生き残ってたのかもよ」
「まあ、その可能性も有り得るが…でもそれならもっと注目されてても当然だし…前回の調査記録にも載ってなかったっていうのが…」
 ひっかかるな、とシリオンは呟いた。
「レレク牛のタム風とマンソースのパン、おまたせしましたー」
「わーいっ!ごっはんっ!」
 いきなり目を輝かせたオムレットに、シリオンは力が抜けて思いっ切りテーブルに額を強打した。



 






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