5. Writer 神実
「しかしよくもまあ、住居にこれだけ金をかけられるな」 棚にある水晶玉を見分しながらシリオンが呆れたように呟いたのを、オムレットはしっかり聞き咎めていた。 「なーに言ってんのよ。あんたん家だってこれぐらいあったじゃない」 「そうだったか?」 「あーんたねえ……住んでた家ぐらい憶えてなさいよ。一応十年ぐらいは住んでたんでしょお?」 「サイズまで憶えてない」 二人のやりとりにケイス・ケイが楽しそうに加わってきた。 バラバラに調査していたはずが、いつの間にかシリオンを挟んで三人で同じ棚を調べ(調べてないけど)始めた。 「何々、シリオンの家ってそんな大きかったの?」 「大きかったわよー、もう部屋いくつあんのよって感じ」 大げさな身振りで肩をすくめながら笑うオムレットに、「その部屋を度々利用していたの誰だよ」とシリオンが横目で睨んだ。 「お嬢様だったの?シリオン」 「……っ」 ケイス・ケイの質問に思わず引きつったシリオンの隣で、ひく、と口唇の端を震わせたオムレットは、一瞬後爆発するような勢いで笑った。 「ぎゃははははは!!それいい!!そおかー、お嬢様っつー肩書きは初めてだなあー」 「黙れ、この失敗女」 「何、違うの?でもお金持ちなんでしょ?」 ていうか失敗女って何、とケイス・ケイは首を傾げた。 ゲラゲラ笑い続けるオムレットは、古くてボロボロになった羽根ペンを手に取りながら、隣の棚に移動しようとした。 「こいつほど金持ちに似合わないヤツもいないわよねー……ん?」 不意に足首から下が動かなくなり、オムレットはいぶかしげに自分の足下を見つめた。 手。 「……え?」 床から泥にまみれた手がオムレットの足首をがっちりと掴み、その先でズルリと床から染み出てきた泥の顔が、オムレットの視線を捕らえてニッと笑った。 「……っぁわあああ?!」 「泥人形だ!!」 そう叫んでケイス・ケイは背中の大剣をすらりと抜き放ち、その頭を叩き斬った。 泥人形が音にならない低い悲鳴をあげ、床の上にただの泥となって飛び散った。解放されたオムレットの足首には、赤黒い痣と泥の染みが残っていた。 「うわー……ありがとケイス……」 驚きのあまりほとんど動けなかったオムレットは、はー、とため息をついて剣についた泥を軽々と振り落としているケイスに、照れ笑いをしながら礼を言った。 「ううん。大丈夫?……でも泥人形が出てくるとは思わなかったなあ。あれってどっちかって言うと誰かが操って使うようなモンスターでしょ?しかも地下って言ったって家の中でねえ……」 「……また来てる」 ぽつりと呟かれた言葉に二人が振り向くと、数メートル離れた先に再び床から滲み出てきた泥人形が、二、三体姿を現してきた。 「ふふ……出て来た出て来た。こいつら頭を潰せば死ぬよっ!!」 そう言って大剣を振りかざしてケイス・ケイは駆け出た。泥人形に足を取られる寸前飛び上がり、素早く剣を振り下ろして泥人形の頭部に叩きつけた。バシャッ、という水をまき散らしたような派手な音が響く。 「頭ね、オッケー」 トントン、と軽くつま先を床に打ち付けて、腰の剣を抜き放ち目の前の敵へと走り出した。 残されたシリオンも小さく溜息をついて、懐から本を取り出した。その足下にそうっと滲み出る泥の顔がゆっくりと手を伸ばした。 「……水礫」 静かな言葉とともに開かれたページの一文が薄青く光り、水の小さな弾丸が足下に忍び寄っていた敵の頭を鋭く貫いた。 「やあっ!!」 オムレットが気合いと共に最後の泥人形の脳天に剣を突き刺し、とりあえず戦闘は一段落したようだった。 「一応訊くけど、みんな無事ー?」 「無事でーす」 「お前の腹具合の方は無事なのか?」 「ひ、ひどっ……」 否定できないだけに悔しいオムレットは、剣の泥を振り落としてから鞘に収めた。それから周囲を見回し、一面泥まみれの惨状に、うわー、と顔をしかめた。 「しっかしこの有様ってばスゴイね。もしかしてまだ出てくる?」 「泥人形は本来攻撃的なモンスターでもないはずだし、この様な建造物に現れるタイプでもない。……もしかしたら、この敷地内のどこかにモンスターを引き寄せる、核みたいなものがあるのかも知れない」 「核?」 キョトンとするケイス・ケイに、シリオンは肩をすくめた。 「魔法装置かもしれないし、何かの生き物かもしれない。まあ、とにかく特殊なものだろうな」 「……なるほど」 実はよく解っていなかったが、とにかくオムレットは頷いた。その隣でケイス・ケイは大きな瞳を考え深げに伏せていた。 「ていうかさー、ケイスの探してる……えーっと……」 「オーヴェリアンの骨?」 「ってどこにあるか解ってるの?」 竜の名を思い出せなかったオムレットにケイス・ケイは笑いながら言った。 「確証はないんだけど、竜ってモンスターを集める力があるんだよね。だから骨も、この屋敷に出てくるモンスター達の中心にあるんじゃないかな」 「つまりちゃんと解ってはいないのね?」 「そうとも言えちゃうかなあ」 明るく言い切ったケイス・ケイに、オムレットはがっくりと肩を落とした。 その彼女に、ぼそりと傍らからシリオンが言った。 「……探索系の魔法は、あるにはあるが」 「ダメ。あんた方向音痴だもん」 魔法はあくまで感覚的な能力なので、いくら魔力が強くても本人の資質に向いていない場合、正しく作用しないのが基本である。 そしてシリオンは自分の屋敷の中でも迷子になった事のある過去の持ち主だった。 自分でも解ってはいたのだけれど、オムレットにあっさり言い切られて不服そうな魔法使いは、じゃあ他のどんな方法があるというんだ、と彼女を睨んだ。 そこまでは考えつかなかったオムレットも答えにつまってしまい、逃げるように明後日の方向を見た。 「まあ仕方ないし、とりあえずモンスターの出てくる方へ進んでみようよ」 ケイス・ケイが妥協案を出し、それしか無いか、とシリオンも足を動かした瞬間、オムレットがぽん、と手を叩いた。 「ああ」 「ああ?」 柄の悪い返答を無視したオムレットは、懐から小さな黒いケースを取り出した。 「これがあったんじゃーんっ」 満面の笑みで言うオムレットに、ケイス・ケイは怪訝そうな顔で首を傾げ、シリオンは眉間に皺を寄せた。 |