3.


Writer 神実



「……で?受けるのか?どうする?」
「もっちろん!」
 ガッツポーズを作りながら言ったオムレットの横でシャラがこくこくと笑顔で頷いている。
 思わず苦笑しながら、シリオンは溜息をついてカタンと席を立った。
「じゃ、早速現場に行くか。うかうかしてると他の仕事屋に先を越されるぞ」
「あっ!!そーじゃんっ、シャラ行こ!!念願のマイホームの為に!!行くぞ!!」
「行くぞーっ!」
 腕を振り上げて景気良く進む二人に、周りの客がなんだなんだ、と視線を向けた。その後ろからシリオンがげんなりした顔でショコラに会計を頼んだ。
「頑張ってねー」
 友人のお気楽な励ましに、現実家の魔法使いはもう一度溜息をついた。



 カッシュ通りからやや北に位置する通りの喧噪から離れた一角には、木々が繁っていて静かな雰囲気がある。中央辺りには一本の高い樹が見えており、まるで森のようでもあった。
 その森の中に、問題の屋敷はある。
「……ていうかこの森が屋敷って感じ?」
 オムレットがぼそりと呟いた。
 確かに、森は古びた塀に囲まれており、入り口には鋼鉄製の門が備えられている。
 繁っている木々も屋敷に絡みつくようにして生えているようだ。どうやら元々この場所には大きな敷地を持つ屋敷が建っていて、住人が去ってからも自然の力は衰えることなく、この地での繁殖に成功したのだろう。そこにモンスターが棲み付いたようだ。
 壁の横を歩きながら三人は門を目指してダラダラと作戦会議を練っていた。
「……まあ、この中に入ってみないと駄目だな」
 折り曲げた指の関節で壁を叩いてシリオンが言った。古いが建築はしっかりしているようで、この分なら中の屋敷自体の方もさほど崩壊しているわけではなさそうだ。元の主人は相当な資産家だったのだろう。
「ねえねえ、向こうにおっきな樹があるよっ」
 はしゃぎながらシャラが壁の向こうに見える大きな樹に見入っている。
 そんな彼女の様子に、残る二人は苦笑した。
「家より樹、か」
「さすがシャラ」
 んっ、と伸びをすると、オムレットは言った。
「んじゃ、お姫様の希望にそうようがんばりますか?」
「姫ねえ……。とりあえず、どうする」
「んー……ん?あ、れ?」
 考えようとして片手を顎にやっていたオムレットが、ふと変な声をあげた。シリオンが怪訝そうにその視線をたどると、その先には一つの人影があった。
 屋敷への入り口である壊れかけた門の前に立ち、その視線を真っ直ぐに屋敷の方へと注いでいる。
 背が高い。
 オムレットもかなり高い方だが、その人影は、その彼女よりさらに数センチは高そうだった。シャラと比べたら大人と子供ぐらいの差がある。体格も隆々としており、よく鍛えられた筋肉が目に付くが、使い古された感じの鎧をまとう躰は、明らかに女性のものだった。
 だがそれらよりもさらに目を引くのは、その伸びた背中に負われた巨大な剣だった。並の男でもそうそう持ち上げられないような大きさで、下手したらシャラの身の丈ぐらいはありそうな長さだ。もしかしたら彼女よりも重いかもしれない。
(女の戦士、いや剣士か?)
 どっちにしても並じゃない……などと思いながらシリオンとオムレットが歩みを止めずにいると、二人の視線に気付いたのか、不意にその人物はくるりと振り返った。
 意外にも少女めいた大きな瞳の色は、黒。
「……こんにちは。もしかして君達も、ここの仕事に?」
 思ったより可愛らしい声で話しかけられ、オムレットは一瞬言葉に詰まったが、すぐに気を取り直して言った。
「まあ、うん。そっちも?」
「うん。僕はケイス・ケイ=ディディエリ。傭兵やってて、この街には時々来るんだ。今日も久しぶりにクロノの友達に会いに行ったらこの仕事教えてくれて──」
「クロノ?あ、あたし達もあそこに泊まってんのよ。あそこの娘のショコラにこの仕事紹介してもらったの」
「へえ?そのショコラが僕の友達だよ。名前は?訊いてもいい?」
「ああ、えーと、あたしはオムレット=ブランダー。剣士みたいな事やってるわ。で、こっちが」
 ポン、と隣で二人の怒濤のような会話を聞き流していたシリオンの肩を叩いて、オムレットが言った。
「シリオン=ジュレック。魔法使いで学者よ」
 紹介されて、シリオンは軽く肩をすくめてからケイス・ケイに薄い笑顔を向けた。
「シリオン?よろしく。綺麗な髪だね」
「それはどうも。……あともう一人が、あっちにいる子だ。三人で旅してる」
 背後を指されて振り返ったケイス・ケイの目には、遠い所にある大きな樹をぼんやりと見上げている一人の小柄な少女の姿が映った。
「シャラ!」
 キョトン、と目を見開いてこちらを向いたシャラは、小走りで戻ってきてケイス・ケイの目の前にちょこんと立った。
 そんな彼女の肩に手を置いて、シリオンが言った。
「シャラ=クルエンタ。……職業は特にないけど、まあ、……何やってるかは解るだろう」
「ふうん。よろしく」
 頭上からケイス・ケイにそう言われ、シャラはにっこり微笑んだ。花開く笑みに一瞬気を呑まれたケイス・ケイは、すぐに同じように優しく微笑み返した。
「僕もこの仕事を受けようと思ってるんだ。ねえ、受けるんなら君達も一緒にやらない?」
 その場の中でも一番女性らしい彼女に『僕』と言われるのはかなり異様な気がしたが、とりたててコメントする事もせず、シリオンが口を開いた。
「それはまあ、冒険者に流された仕事は自由競争制だから、あなたがこの仕事を受けるのも自由だろうし、止めるつもりもないが……。協力する必要もないだろう。この仕事の報酬はこの屋敷と敷地だし、売却して金に換えるとしても取り分で揉める可能性もある」
 初対面の人間にはややキツく聞こえるシリオンの口調に、ケイス・ケイは大してひるむ事なく答えた。
「大丈夫。取り分で揉めるつもりはないよ。僕の目的は……この屋敷じゃないんだ」
 笑顔で言うケイス・ケイに、三人はそろって怪訝な顔をした。
「オーヴェリアンの骨。って、知ってる?」



「昔、この土地には強大な力を持つ竜が住んでたんだ」
 とりあえず今日はもう半端な時間だし、と言って四人は最寄りの通りにある大きな酒場に入って、揃って夕食を取る事にした。
 クロノの食堂より客質は低くて騒々しく、料理の味やマナーにおいてクロノより数段劣ったが、そういう事でぐだぐだ言うような人間も四人の中にはいなかった。いちいち見知らぬ男達に声をかけられるのは、正直なところかなりうざったかったが。
 丸テーブルについて様々な食事や酒を飲み食いしながら、ケイス・ケイは語り始めた。
 優しい心の持ち主だったその竜は、自分の司る土地に暮らす生き物達を見守りながら、長寿を生きた。
 竜は死期が近付いている時、自分が消えてもこの土地が護られるように、死後の自分の骸を大地に埋めるように、と土地の精霊に頼んでいったと言う。
「その竜の埋まってるってのが、あの屋敷の下らしいんだよね」
 土酒をあおりながらケイス・ケイは目を輝かせて言った。
「へー……んで、何。竜の死体探してんの?」
 肉の炒め物を口に運びながら訊くオムレットに、ケイス・ケイはにっこりと微笑んだ。
「死体じゃなくて、骨。肋骨を探してるんだよ」
「肋骨ぅー?」
 すっとんきょうな声をあげたオムレットの横で、冷やし野菜をつつきながらシリオンが言った。
「竜の肋骨は不老長寿の妙薬として昔から高額で取り引きされてるんだよ。物好きな金持ちの道楽でな」
「そうそう。で、それを探してんの。僕は色んな国でこういうアイテム探してお得意さんの財産家に売ってんの」
 嬉しそうに頷くケイス・ケイに、シリオンは呆れたような視線を向けた。
「伝説だぞ?本当にあるとでも言うのかね。大体私が聞いた話だと、竜は骸を大地に埋めたんじゃなく、姿を変えて今でも土地を護ってるという話だったぞ」
 そう言ったシリオンを、オムレットは驚きの目で見た。驚きながらも口にものを運ぶ手は休めない。
「調べたの?」
「この辺の図書館や歴史館に腐るほど資料があった。有名なお伽話らしいな」
「へー」
 あっさり感心したような声をあげたオムレットと、冷めた目で話の腰を折ったシリオンにケイス・ケイは少し真剣な顔で言った。
「じゃあ、それなら歴史館で最近発見された『骨の欠片』が展示されてあったのも知ってるでしょ?」
 オムレットはきょとんとして彼女の顔を見て、次に友人の顔を見た。
 少し眉間に皺を寄せたシリオンは、「見た」と不機嫌そうに言った。
「何それ、欠片って?」
「二年前にあの家の近くで骨が見つかったんだよ。何か、ってのははっきり解ってないんだけどね」
「へーすごいじゃん!もしかしてそれが竜の骨かもしれないのね?」
「そうゆうこと」
 ニッコリ笑ったケイス・ケイの向かいでシリオンが眉をひそめた。
「犬かなにかの骨の可能性の方が高いんだぞ。鑑定の結果も曖昧な所があるし……」
「でも可能性がないわけじゃない。……でしょ?僕は屋敷の方はいらないから骨探しを手伝ってくれないかなあ」
「……オーヴェリアンの墓探し、ね」
 星酒を口に運びながら呟いたシリオンの言葉に、オムレットが首を傾げた。
「そういえばその、オーデリンって何?」
「オーヴェリアン。伝説の優しい竜の名前だよ。……そろそろ宿に引き上げよう。ケイスもクロノだろう?」
 そう言ってシリオンはある方向を指差した。
 二人が同時にそちらへ首を向けると、そこにはミルク酒を少しだけ減らしたシャラがテーブルに突っ伏している姿があった。
「誰だよ、子供に酒飲ませたの」



「あら、どうしたの?」
 クロノに帰ると、カウンターの中からショコラが驚いて声をあげた。
「知り合いだったの?」
「うん、まあ……それよりシャラ部屋に寝かせてくるから。ケイスもあたし達の部屋来てよ。明日の事とか打ち合わせしよ」
 眠り込んだままのシャラを背中に負ぶったオムレットがそう言って階段を登るのを、ショコラが少し目を見開いて後ろの二人に視線を向けた。
「……シャラ、どうしちゃったの?なんか顔赤かったわよ」
「……まあ、ちょっとね」
 乾いた笑いをたてる友人から三人の部屋へ行く旨を聞くと、ショコラは少し笑いながら酒と少しの食べ物を部屋に運んでくれた。
 眠ってしまったシャラをベッドに横たえると、残りの三人はそれぞれ腰を落ち着かせて無駄な話をした。今までの旅路の事や、モンスター退治の話、知り合った仲間や友人の事。
 そんな中酒の酔いの勢いもあったのか、ふとケイス・ケイが頬を朱に染めながら言った。
「ねえ、君達は何で旅してるのー?」
 その言葉に、二人はわずかに目を見開き、オムレットは苦笑した。
「何でかなあ……なりゆきって感じだけど……」
 首を傾げてオムレットは続けた。
「んー……何か……ずっと同じ場所にはいられなかったっていうか、いたくなかったっていうか……。近所の人達との付き合いも楽しかったけど、時々ぞっとしたんだ。ここでは絶対誰かがあたしを知ってる、ってね。……全部終わりにしたくなって」
 シリオンは黙って酒を一口含んだ。ケイス・ケイは夢見るような目つきで、自分の掌を見つめていた。誰も彼女の話を聞いていないような空間で、オムレットはぼんやりと続けた。
「いっつもそういう感じになっては旅に出てたの。前住んでた街には結構長くいたわね……出ていくきっかけはそういう理由からじゃなかったけど、それでもいつかは出て行ったんじゃないかな」
 ここじゃなければどこでもいい。もっと楽しい場所へ、もっと新しい場所へ。
 そんなオムレットの考え方とは全く正反対なのに、捨て身な部分では同じだったシリオン。そんな二人だったから立場の違いも関係なく親しくなったのかもしれない。
「……ふーん。なんか解らなくもないかも。冒険者ってそういうとこあるよね」
「そういうケイスこそ何で旅してんのよー」
「僕?僕はー……」
「何よ。あたしには喋らせといて、喋んないつもりー?」
「ううん、そんなんじゃなくて……」
 少し不思議そうに自分を見つめる二人の方を、窓を見ていたケイス・ケイはぼんやりと向き、ベッドに眠るシャラの方に視線を変えてから、また窓の向こうに目を向けた。
「……妹を」
 ぽつりと呟かれた言葉は、さっきまでののんびりした調子が消え、まるで感情という彩りを拭い去っているようだった。黒い瞳も同じように、彼女らしい光が消えていた。
「妹を捜してるんだ。十一年前にいなくなった僕の双児の妹。アルー・アン=ディディエリ」



 ケイス・ケイが生まれた国は小さな国で、資源もなく農業や商業も発展しない貧しいところだった。
 そんな中で、唯一国家がやっていける方法が、傭兵だった。
 国民全員に軍事訓練を施し、他国の戦争に優秀な兵として協力する事で、国同士で取引して代価を得るのだ。
 ケイス・ケイの家はその中でも高名な家柄で、特に怪力を持った戦士を輩出してきた。
 二十二年前、ケイス・ケイは長女として生まれた。双児の妹アルー・アンと共に。
 女性でも体力に問題がなければ戦士の教育はされ、二人もまた幼い頃から剣の扱いや戦術を学んだ。
 そうして、初めて戦争に参加したのが十三の歳だった。宗教がらみの内乱で、二人は反乱側に協力した。
 ───そこでアルー・アンは行方不明になった。
 戦局の混乱で離ればなれになり、鎮圧後には彼女の姿は消えていた。どこで消えたのかも解らず、死体も見つからなかった。
 散々探したケイス・ケイを放って、国は彼女が死んだものと判断した。ディディエリの家も認めた。
 納得がいかなかった。ケイス・ケイにはどうしても妹が死んだとは認められなかった。せめて死体だけでも見つけなければ、到底無理だと思った。彼女を捜したかった。
 だがもちろん国はそんな彼女を許さず、妹の事を忘れ、任務を全うしろ、と。
 
 国を逃げ出したのは、それからすぐだった。

 別に国や家が嫌いだったわけじゃなく、アルー・アンを見つけたら帰るつもりだった。
 でももう九年、帰ってない……───



「色んな人がいるのね……」
「……まあな」
「まあ、あたし達も大分違う人生歩んでるけど」
 そうだな、とシリオンは呟いた。
 ケイス・ケイが自分の部屋に引き上げてから、二人はそれぞれベッドに寝転がっていた。
 オムレットは組んだ両手を枕にしながらぼんやりと天井を見上げ、シリオンは濃緑の装丁の本を広げていた。もう一つのベッドではぐっすり眠り込んでいるシャラと、足下に丸くなったパクゥが眠っている。
 戦争では死体が見つからない事も多いと聞く。アルー・アンの死体も埋まってしまっているのかもしれない。
「でも解らないわよね」
「……そうだな」
 何が、とは言わずに返すシリオンに、オムレットは寝ながら彼女の方を見た。
「何が?」
「……よく人は本を読むと眠くなると言うがむしろ眠気が覚めていく。十年来の謎だ」
「違うわよっ!ていうかそんなの謎でもなんでもなくあんたがただたんに活字中毒ってだけでしょおっ!!」
「なるほど」
「じゃなくてっ!アルーの話!!」
「それこそ謎だろう。戦争では人が行方不明になりやすいしな。外見の酷似した妹ならともかく親族程度の似方なら捜すのも難しい」
「そうね。もし頭でも打って記憶喪失にでもなっ……」
 オムレットは途中で言葉を切った。友人の地雷を踏んでしまったのではないかと、そのまま固まってしまいそうっと友人の方を窺った。
 彼女はガラス越しの視線をそのまま本に向けていた。表情は何も変わっていなかったが、だからといって怒っていないとは限らないのが難しいところである。
 シリオンの口唇が開いた瞬間、どんな毒矢が飛び出すかと思わずオムレットはギクリとした。
「それもこれも生きてたらの話だがな。それよりもそろそろ寝たらどうだ。明日は仕事だぞ」
「……実はお腹が空きまして」
「……」
 無言でシリオンはオムレットに燭台を叩き投げた。
 派手な破壊音にふとパクゥが目を開いたが、またすぐに眠りの世界へと入っていった。



 






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