15. Writer 神実 翌日。 窓から差し込む陽の光にいつもより早い時間に目を覚ましたオムレットは、ぼんやりとベッドの上で躰を起こした。 三つ並んだベッドの内、真ん中のベッドにはシャラが枕元に丸くなっているパクゥと一緒に、あどけなく眠っていた。オムレットがシャラの向こうの、窓際のベッドに目を向けると、そこにはすでに魔法使いの眠る姿はなく、シーツもブランケットもすっかり整えられてあった。 「ん〜……?」 訝しげに唸りながらも、オムレットはふわぁ、と欠伸をしてベッドから足を降ろした。 素足に靴を履いて、寝巻きのままオムレットは部屋を出て、クロノの宿屋部分から中庭へと続く外階段へ向かった。 外に出た途端、暖かい陽気が躰を包み、オムレットは思わず笑みを浮かべて気持ちよさそうに伸びをした。 「っあ〜、やっぱ晴れてる日ってのはいいなあ〜……って、ん?」 伸びをしながら階段の上から中庭を見下ろすと、見覚えのある姿が立っていた。銀髪が陽の光を浴びてきらきらしているのが見える。 「シリオンじゃん。おっはよー、シリオン、早いのねー」 明るい声に、シリオンは顔を上げて、片眉を上げた。 「お前こそ。珍しいな、朝飯が出来る前に起きるなんて」 「珍しいとかっ。昨日は早く寝たから充分睡眠できたのよ。あんたこそ朝は苦手のくせに、そんな所で突っ立って何やってんの?」 「ああ、ちょっとな……」 言葉を濁しながら、シリオンは片手に持っていた『本』を困ったように見下ろした。その視線を追って、オムレットは首を傾げた。 「何? これいつもの魔導書でしょ? どっか変なの?」 「変といえば変……だが」 「何よ、はっきりしないわね」 うーん、と悩んだシリオンは、眉をひそめながら「ちょっとやって見せるから、見てみろ」と言った。 本は片手に持ったまま、もう片方の手の人差し指を立てて、 「おいで、火よ」 と呟いた。 その途端、細い指先に蝋燭サイズの火がぽっと点った。 「えっ? え、あんた本閉じてても魔法使えたの?」 オムレットはきょとん、と目を見開いて訪ねた。何年かの付き合いで、魔導書を開かずに魔法を使う彼女の姿を見たのは、これが初めてである。 「いや、使えない。というか使えないはずなんだ」 「は? なにそれ」 「言葉の通りだ、納得しろ。要するに本を介さずに魔法が使えるようになってきている。いや、介さずというのは正確ではないか……本に何かを縛られているのは確かだ……」 ブツブツと呟くシリオンに、オムレットは半眼で呆れ気味な視線を向けた。彼女はよく研究に関することだとこういった状態に陥るが、そろそろ癖になりつつあるようだった。 そうしていると、階上からドアが開く音が聞こえて、オムレットが顔を上げると、シャラが階段の手摺から身を乗り出していた。 「あー、いた! 二人ともシャラ置いてきぼりにして何してんのーっ?」 その声に考え込んでいたシリオンも顔を上げた。 「起きたか」 「まあそろそろそんな時間よね。そういえばお腹すいたわー、ショコラに朝ご飯作ってもらいに行こっ」 「……とりあえず、その前に着替えろ」 「このまんまじゃダメ?」 「お前は人前に出る時の格好を真剣に考えた方がいいようだな」 クロノの宿は、朝食もセットになっている。食堂に下りてきた三人の顔を見て、ショコラはさっそく朝食の準備を始めた。 「おはよっ、ショコラ」 「おはよう、シャラちゃん。すぐ朝食できるから待ってて。シリオン、オムレット、おはよう」 「おはよう」 「おっはよー」 「いつも通りオムレットはミルクティー、シリオンはカフェオレ、シャラはオレンジジュースね?」 「うん、よろしくー」 ショコラが仕切る食堂は、朝からなかなかの賑わいぶりを見せていた。宿に泊まっている人間以外にも、食事をしにきている人間は多くいた。 窓際のいつもの席についた三人は、昨日の報告をしあうことにした。 シリオンがセルビ村の顛末を手際よく話している間に、ショコラが朝食を運んできた。オフホワイトのプレートの上には、焼いた卵とハム、フルーツ、クロワッサン、野菜スープと飲み物がのっている。基本的にクロノの宿の朝食セットはこれである。 オムレットは、嬉しそうに卵を食べ始めながら言った。 「じゃ、水系魔法でパパッと解決! ってワケね」 「あ、シャラだって活躍したんだよ?! ちゃんとね、火蜥蜴のいる場所見つけたんだから!」 そう反論するシャラに、オムレットは恐縮した。シリオンは特に何もコメントせず、黙々とカフェオレに息を吹きかけて冷ましていた。 「で、そっちはどうだったんだ?」 「ああ、そうね、こっちは……」 促されて今度はオムレットが事件解決までの経緯を語った。その間に聞いている二人は食事を終わらせた。ちなみにオムレットの皿はすでに空である。 「――で、家まで送ってきて、終了ってわけ」 「結局ガキの悪戯だったというわけか。しまらない結末だな」 「あたしのせいじゃないわよっ!」 「しまんなーい」 「うわっ、シャラまでそういう事言うっ?!」 楽しそうに口を挟んだシャラに、オムレットが大げさな身振りで悲鳴をあげた。そこに足音も軽やかにショコラが、お盆片手に笑顔を浮かべて近付いてきた。 「はいはいはい、三人とも。依頼の件はもう連絡受けてるわよ。なかなか上出来だったみたいね、子どもも見つかったし、セルビ村の火蜥蜴もあれから被害無いそうよ。で、これはあたしからのご褒美」 そういって三人の前に並べられたシャーベットに、オムレットとシャラは歓声をあげた。 「美味っしーい」 「この冷たさがたまりませ〜ん」 賑やかに食べる二人に、シリオンとショコラはやや呆れた視線を向けながら言葉を交わした。 「で、残る依頼はあと一つってわけね?」 「そう。北東にあるビルドールの森の謎の火の玉」 「ま、頑張ってよ。あの森だと日帰りは無理でしょうし、あっちにいい宿があるから連絡しとくわ。……あ、そういえば、あっちの業者に聞いたんだけど、馬か子どもの化け物も出るらしいわよ」 「……馬か子ども? 全く関連性がないじゃないか」 「よくは知らないけどね。噂程度らしいわ。……そういえばあんた達、もう少し着込んで行ったほうがいいわよ。北東じゃもうずいぶん寒いそうだし」 その言葉にシャラがピタリと動きを止めた。オムレットとシリオンが顔を見合わせてからお互いの服装を見遣った。 「あー……そうね、上着くらい買わなきゃダメかしら」 「あんた達普通に寒そうよ」 「オムは特にそうだろう。露出が激しい」 「露出とか言わないでよっ。変態みたいじゃないっ」 そう言い合っていると、隣でカタンと音をたてて立ち上がったシャラに、オムレットが怪訝な目を向けた。 「……お買い物」 「へ?」 その場にいた他三人が同時に聞き返した。 「お買い物っ! お買い物しよっ!! シャラお洋服欲しい!!」 勢いよく叫ぶシャラに、残る面々は顔を見合わせた。 「そ……それはイイけど……」 「何でそんなにやる気なんだ……」 「ま、シャラちゃんの格好じゃ、これから先トリニティでも寒いと思うわよ。今のうちに買っといたほうがいいんじゃない?」 シャラの服は薄手の異国風ツーピースで、半袖から覗く二の腕がいかにも寒そうだった。 オムレットは、ジャケットは着ていてもインナーには首周りも袖もなく、革のショートパンツからはむき出しの脚が寒そうで、シリオンも一見厚着に見えるが、薄手のノースリーブの服の上にローブを羽織っているだけである。 気付けばそろそろ季節外れな三人の装いに、本人達も今更気付いた。シリオンとオムレットは顔を見合わせた。 「……買う?」 「……まあ、北東に向かうにはこの格好じゃ無理だろうな。…………というか」 そっ、と親指をさす。そこにはにこにことショコラと今の流行の服装について話しているシャラの姿。 「もうシャラは止められない」 「……確かに」 深く深く頷いたオムレットであった。 「あたしの知り合いがやってる店なんだけど、色んな趣味の服があって楽しいわよ。とりあえずコートだけでも買っとけば?」 というショコラの薦めもあって、三人はクロノを出てからレオン通りにあるという防具専門店『マシェトール』に入った。 |