13.


Writer 神実





「――とか何とか言ってたけど」
 南にある、セルビ村の村長宅で、シャラはシリオンに向かって言った。
「結局、一人で食べたり遊んだりしたいだけじゃないの?」
「有り得るな」
 シリオンが真面目に頷いていると、村長がせかせかと忙しない動作で戻ってきた。いく ぶん老齢では あるが、純朴な人柄らしく、冒険者だと名乗った二人を丁重にもてなしていた。今、シリ オンが要求し た被害現場の鍵を、慌しく取りに行っていたところだ。
 彼はしきりとはげあがった額の汗を拭いながら、手に持っている輪に通した鍵束を二人 に見せた。
「これが倉庫の鍵です。火トカゲに荒らされた倉庫は、皆うちで預かることになりまして な……」
「えっ、じゃ、それ全部荒らされちゃった倉庫なんですか?」
 シャラが驚いて鍵束を指差すと、村長は何度も首を縦に振った。ざっと数えても十は超 えている。
「では実際、被害に遭った倉庫を見せていただけますか」
「は、はい。どうぞ、こちらです」
 村長は気圧された様に何度も頷いて、二人を戸外へと導いた。
 村の通りを歩いていくと、行き交う人々が村長に軽く会釈をしていき、そのついでのよ うにして村長 が連れる二人の客人を盗み見た。「あれが火トカゲの……」「ずいぶん若い……」といっ た言葉が小声 で交わされていたが、二人の耳には入っていないようだった。
 シリオンとシャラの整った容貌とその若さから、村長共々、冒険者のイメージが覆され たようだった 。
 村の中は、綺麗に保とうとはしているようだがどうしても砂っぽさが感じられた。元々 あまり緑豊か ではない土地なのでそれはしょうがないのだろう。だが家々の合間にある畑はよく手入れ されているし 、村人の身なりも清潔そうで小奇麗なものだ。
 決して貧しくはないセルビ村の、やや南東のはずれに建っている煉瓦製の倉庫が見えて きた。村長が 、あれです、とその倉庫を指差して見せた。
 傍まで近寄って、三人は倉庫を見上げた。二階建てほどの高さがあり、円柱状の壁に は、高い位置に 窓が一つあるきりだ。 なかなか堅牢な造りと窺える。
「二ヶ月ほど前からですかな……倉庫の小麦や畑の苗が食い荒らされるようになったのは ……」
 村長がため息まじりに言いながら、この倉庫の鍵を持っていた鍵束の中からじゃらじゃ らと探し始め た。
「他の倉庫はたいてい持ち主の家の傍に建てとるんですが、この倉庫は持ち主の家が遠く にありまして な。いや、昔はこの傍にあったんですが、竜巻で壊れてしまいましてな、今は村の真ん中 の方に家を持 ってるんですわ」
「普段あまり人間が寄らない上に、村自体からも遠い場所ですね」
「ええ……はあ、それで、一番ここが被害が大きいもんで……」
 がちゃん、と鍵を開け、鉄製の重い扉を開けると、中は天井の高い円いだけのスペース だった。シリ オンが足を踏み入れると、ひんやりした空気が感じられた。天井が高く窓があるおかげ で、風通しがよ くなっているのだろう。
 無愛想な室内には、束でまとめられた小麦がわんさと積み重ねられてたが、それらを見 た瞬間、二人 は呆気にとられてしまった。
「……あーあ」
「これ、全部火トカゲが食べちゃったんですか?」
 村長がやるせなさそうに頷いた。
 狭い室内で小麦は、あっちを齧られこっちを齧られてしていて、特に柔らかい穂の部分 は、むしられ たように食い荒らされている。悲惨、の一言である。
「扉は鉄製ですね。……どこから入られたんですか?」
「へ、ええ、扉から」
「…………あなたがではなく、火トカゲがです」
「あ、ああ、ええはい、すいません。あそこからです」
 村長は顔を真っ赤にしながら、奥の壁の一部を指差した。
 地面から半径10cm程度の半円の穴が開いており、今は外から板で蓋がしてあった。
「火トカゲは口から炎を吐きますからね。これで煉瓦が溶かされたようです。奴ら、小さ いからこれぐ らいの穴が開いていればいつでも出入りできるんでしょう」
「二ヶ月間、この板で防いでいたんですか?」
「いえ、何度か板も溶かされまして。その度にはり直してるのです。板の代金もバカにな りませんし、 小麦もこのままじゃ収穫数がえらく減ってしまう」
 シリオンが片膝をついて屈み込み、穴の様子を調べた。それをシャラが膝に手をあてて 覗き込む。そ の後ろで村長が首を振りながらため息をついていた。
「最初は板をはるだけだったんですが、何度も溶かされて、しまいにゃ見張りもたてたん ですが……昼 はみんな畑があるし、持ち回り制で見張りをたてるのも限界があります。それでクロノさ んの方に仲介 をお願いしたんですが……」
「……取りあえず、この倉庫に結界を張ります。畑の方も同様に」
 そう言うと、シリオンは懐から本を取り出した。村長は一瞬薄いローブのどこからそん な分厚い本が 出てきたのかぎょっとしたようだったが、何も言わなかった。
 ぱらりとページを捲って『水』の項目を開いた。ふと考え込むような表情を見せたが、 再び書面へと 顔を戻した。
「……――『水結』」
 言葉と同時に穴が青く光り、次の瞬間倉庫全体に水の膜がパンと張ったように見え、す ぐに消えた。
「わー。今のでもう大丈夫?」
「一応な」
 にこにこと言ってきたシャラに笑い返しながら、膝についた土を払ってシリオンは立ち 上がった。そ れから辺りをぐるりと見回して、シャラに顔を向けた。
「ここからはシャラの出番だ。火トカゲの来た方向を見つけて欲しい」
 シャラはきょとんと目を見張った。
「火トカゲの来た方向?」
「そう。あれの巣を見つけるのはホネだからな。――解るか?」
「……うん、やってみる」
 大きくこっくり頷き、シャラは周囲をきょろきょろと見回してから、ひとつ深呼吸を し、目を閉じた 。
 スッと息を吸い込み、吐く音が辺りにやけに響いた。シリオンがそうした彼女の様子を 見つめている と、ふ、と刹那、シャラの躰が空気に溶け込んだように透き通った。
 シリオンは一瞬目を険しくさせたが、視力が悪いせいか、その刹那の出来事をはっきり と認識するこ とはできなかった。
 さわさわと風が鳴り、そのまま数十秒たった頃、シャラの目が突然見開かれた。パッと 笑顔になった かと思うと、
「こっち!」
 と駆け出した。
 驚いたようにシャラの背中を見つめる村長に、シリオンは後で家に行く事を言い置いて から、先を行 く彼女を追った。
 迷う素振りも見せずにぱたぱたと走っていくシャラの後ろを早足で追いかけるシリオン に、ふとシャ ラが振り返った。
「……ねえ、巣を見付けたら、退治するの?」
「退治?」
「退治しちゃうの? 殺しちゃう?」
「……しないよ。ただ、結界を張っても原因である火トカゲの方の問題点を解決しないと まずいってだ けだ」
 その言葉に、シャラはあからさまに元気になった。
 それからしばらく歩いて、村からも遠くあまり人が来ないような場所に、巣は見つかっ た。
「あれ!」
 嬉々として巣に近付くシャラを横目に、シリオンはその周囲を見回した。
 砂っぽい乾いた土と、棘のある雑草。その上にある大きな岩のいくつか。火トカゲは岩 場の隙間に巣 を作るというから、そこが巣なのは信じてもいいように思えた。
(火トカゲの方の問題点、はわざわざ煉瓦をとかしてまで小麦を食べに来る理由……と)
「……これか?」
 顎に拳を当てて考え込んでいたシリオンがふと目をやった繁みは、根元から乾いて、枯 れていた。
 周囲にも似たような状態の繁みがある。乾いていないのは、例の棘つき雑草だけだっ た。
(なるほど。つまり餌となるだけの植物が枯れたせいで、わざわざあそこまで遠征してい るという事か 。そういえば南方はここ数ヶ月日照りだったな)
 そうと解れば話は早く、シリオンは再び懐から本を取り出し、『水』の項目を開いた。
 ――が、ここでもふと考え込んだ彼女は、ぱたんと本を閉じた。
「あれ? 魔法使わないの?」
 傍で見ていたシャラが不思議そうに尋ねて来たのを、シリオンはやや迷うような顔をし つつも言った 。
「ちょっと、試してみたい事があってな……」
「ふうん?」
 ちょっと小首を傾げてみせてから、シャラはシリオンの傍から離れて、岩場の方へと歩 いていった。
 その後姿を見送ってから、シリオンは閉じた本を胸に当て、片方の手を宙に彷徨わせ た。
(――オーヴェリアンの時……本を介在せずに魔法が発動した。この本は、私の封印であ り、これを媒 体としない限り、私の魔力は外に出ないようになっているはずだ。なのに、最近になって 本を介さずに 詠唱によって魔法が行えるようになっている。……封印が弱まっているのか。それとも魔 力の方が強ま っているのか)
 一度実験してみようか、とシリオンは考えていたのだ。本を媒体とせずに魔法が使える のか否か。失 敗してもうるさく騒ぐ奴もいないし、今日は絶好の機会である、と思っていた。
 小さく深呼吸をして、シリオンは彷徨わせていた片手の掌を上に向けて、淡い金の視線 をそれに注い だ。
(乾いた土……枯れた草木に与える水、潤い、英気……土に水を与えて、日照りの間だけ でも養分を保 たせる……だが、与えすぎない……バランスを崩さないように)
 頭の中で魔法式の詠唱を思い出す。水と地の魔法だ。
 シリオンが普段使っているのは『短略呪文』と呼ばれるもので、短いキーワードで魔法 を発動させる という非常に面倒のない呪文だった。多くの魔法使いがこれを使用しているが、媒体とな るあらかじめ 魔力に慣らされた魔法器具が必要となる。霊力の宿る樹木や稀石などで、シリオンには全 ての詠唱が書 かれた一冊のある『本』がそれにあたる。
 元々、魔法式はきちんとした詠唱のないもので、あくまで基礎理論であり、魔法使いそ れぞれの力量 に合わせて応用するべきものだからである。それをある時期から『短略呪文』という、媒 体の力を借り る規格化された詠唱が提案され、多く用いられるようになったのだ。
 形式的な短略呪文を使わない魔法の方が効果は抜群だが、安定性に欠け、集中力・魔力 共に消費量が 多く、反動が大きいきらいがある。
 どちらを選ぶかは完全に魔法使いの嗜好によるものである。
 シリオンは上に向けていた掌を下に向け直し、口を開いた。
「乾き飢えし大地よ、我の与えし水をその身に巡らせ、湛えよ。癒えしその身に養う子ら に恵みを与え よ」
 ゆっくりと言い切ったシリオンの掌が、ゆらりと青い光を立ち上らせた。同時に胸に抱 えた本が鈍く 同じ色で光った。
 次の瞬間、一帯の地面にざあっと津波が勢い良く襲いかかる幻が現れ、――消えた。
「…………出来た」
 珍しくきょとんとした表情を浮かべて、シリオンが呟いた。
 実験は終わった。本の封印はすでに弱まっていることが立証されたのだ。
(…………面倒なことになったな)
 チッ、と小さく舌打ちをしてから、シリオンはとにかく終わり終わりとばかりに裾を 払って、岩場の 方へ戻っていった。
「シャラ、どこにいる。終わったぞ」
 岩場の裏へ回り込みながら仲間の名を呼んでいると、捜している彼女が楽しそうに笑う 声が聞こえて きた。
「シャラ、終わったから戻……」
 と、言いかけて、シリオンは目を丸くした。
「終わった?」
 こちらを見上げたシャラの腕の中や膝の傍には、火トカゲがまとわりつくようにしてい る。
 夜行性のはずの生物の姿に、驚いていると、シャラは膝の上の火トカゲの背中を撫でな がら、満面の 笑みで言った。
「ほら、仲良くなっちゃったー。可愛いねえっ」
 シリオンは額に手を当てて、やれやれ、と思った。
「……村長の家に行って礼金を貰ってこよう。仕事は片付いた」
「え? うん、解った。じゃあね、ばいばーい」
 後半を火トカゲに向けて言い、シャラは立ち上がった。
「オムの方も終わってるといいがな」
 空を見上げながらシリオンは呟いた。寄り道してたらただじゃおかないんだが、とも。







 






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