12. Writer 遠夜 「よっし。んじゃ全部で」 「オムレット?!」 「そだねー。全部気になるし」 あっさりと無茶な決断を下したオムレットに、シリオンは流石に反対の声を上げた。 だが、次いで賛同するようにシャラまでもが肯いてしまう。 「いや、いくらなんでも全部は無理だろう……第一こんな複数受けても良いのか?」 「そうかな…ショコラ?」 「ウチとしては一向に構わないわよ? ちゃんと依頼こなしてくれるって、約束してくれるのなら。請負業としての信用も落ちないし」 「…………」 ショコラの意見に、シリオンはもう返す言葉もない。 代わりに、オムレットに刺々しい意思を込めた視線を向けてくる。 そう決めたのなら、今後の事はお前が責任とれよ、と。 今更だが、大抵この3人は役回りのようなものが決まっている。 オムレットはたまに暴走するが今後の方針の決定役で、その暴走を止めるストッパー役がシリオン。とはいえそれもたまに逆転するときもあるのだが。 そして、シャラはその2人にとって丁度良い重石役となる。 なかなか、わかりやすい構造だ。 「じゃー行くか。どれからにしよう?」 ショコラから渡された、事情が詳しく書かれた依頼書に目を通しつつ、オムレットは残りの2人に問いかける。 「シャラ、火トカゲ行きたいー」 「うーん、南の村かぁ…ここからなら半日程度かな?」 シリオンを置いて、話を進めるオムレットとシャラの2人。 どうやらシャラは、火トカゲという表記に甚く興味を引かれたようだ。 流石、動物愛好家。 そう、それがたとえ凶暴化していたとしても、彼女はなにがなんでも危害を加えることを許さない。 ここまで徹底した人間など、他には居ないだろう。 いや、そもそも彼女が人間かどうかも今はまだ疑わしいのだが。 それを傍から聞きつつ、シリオンは一向の当面の目的を思い出した。 「……とりあえず今は金がないんだから、一番貰えるヤツ行こう」 「お金? ……そうだな、じゃぁこれかな?」 シリオンに言われて、オムレットは3つの依頼書を捲り1つを摘み上げる。 「北の迷宮に行ったと思われる子供の救出。迷宮かー……面白そう。詳しくは…あ、近い、トリニティの中級住宅街の中だ。他のと比べて割高だなぁ、なんせ桁が違うよ。金貨10枚だってさ」 「………そりゃまた羽振りのいいことで」 オムレットの読み上げた情報に、またこの前みたいにならないだろうなと、シリオンは胸中で呟きつつ言った。 「ねぇ、火トカゲはー?」 ちょっと不満そうなシャラの声が上がる。 「へ?…うーん……」 シャラに催促され、オムレットは非常に困ったという風に顔を顰め、考え込む。 今、3人の経済事情は非常に逼迫している。 シリオンの言うとおり、他の2つと比べ格段に割高の、北東の依頼を受けるのが最優先である。 別に今すぐに食べるのに困るという程でもないのだが、後10日もすれば野宿は確定である。 以前の依頼で、念願の我が家を手に入れることが叶わなかったのだから、今は宿住まいなのは当然。 よって、宿代が馬鹿にならない。 一泊するだけで、一日分の食事代になるほどの金額が飛んでいくのでは、現状では経済的にきつい。 それくらい、今の3人はお金に困っているのだが。 「そうだな……いっその事、二手に別れて行こうか? こっちの迷宮の方は期間限定みたいだから、早めに行かないと他の奴に取られそうだし」 なら、迷宮の方へ先に行って、後で火トカゲに行けば良いと思うだろう。普通なら。 だがオムレットは、決してそれを口にしなかった。 ……シャラが、それをオムレットが言い出したときに、何を言うかがなんとなく予想できたからだ。 この動物愛好家は、どうしても火トカゲの方に行きたいと言い出すだろうから。 「二手……ということは、どういう組にする気さ?」 シリオンにそう問われ、オムレットは少し考える。 先ほどの案を、シリオンが言い出さなかったことにも少し感謝しつつ。 「そうだなぁ…とりあえず火トカゲってーくらいだから、魔法系っぽいし、リオはそっち行った方が良いだろうなぁ…」 「シャラは、火トカゲの方がいいよ」 「そだなぁ……リオ、大丈夫?」 「それはこちの台詞だ。オム一人で依頼なんかこなせるのか?」 「酷ッ! 大丈夫だっての! これでも前は一人で自由業してたんだからね!!」 一応、この中でもっとも請負業が長いのはオムレットだ。 昔、シリオンと出会う前までは、それで生計を立てていたらしい。 学術都市であるマトディではそういう仕事が少なかったせいか、いわゆるアルバイターみたいな事をしていたが。 比べて、シリオンはつい最近までそのマトディでの研究、調査などが主な仕事で。シャラなどは、ずっと幻の森に居たのだから、そんな経験は絶無であっただろう。 「……信用ならんな」 「大丈夫なの?」 「ウチの信用だけは落とさないでよ?」 次々に、3人から心配の声(?)が上がる。 ふるふると、オムレットの身体が何かに耐えるように小刻みに震える。 ぐっと握り締めたこぶしをそのままに、 「あんたらは人を何だと思ってんのよぉおおおおっ?!!」 そろそろ昼食を取りに、客の入ってくる時間帯。 オムレットの叫び声は、宿屋クロノの店内に高く響き渡った。 |