11.


Writer 神実




「で、さぁ。その人は結局何だったの?」
 美味しそうにポテトパンを頬張るシャラの言葉に、オムレッ トは一瞬きょとんとしてから、はてと首をひねった。
 何やら異様な風体に気を取られて、何を言っていたかよく憶 えていない。
 腕を組みながら頭の奥からついさっきあったはずの出来事を ひねり出そうと、オムレットは唸った。
「えーと……何か、希望とか真実とか鍵とか…………」
「何だそれ。宗教か?」
 いつの間にかパンをたいらげたシリオンが眉をひそめた。
「うーん、怪しさの点では互角。でも自己紹介はしてたわ」
 高いようで、少し聞き取りにくい声が言った名前は、オムレ ットには聞き覚えのないものだった。

『私はルテオ=フュークスと言うのよ。知りたいことがあった ら、きっとまた会えるわ。亡霊さん』

 暗色のローブの奥に謎めいた笑みを浮かべて、彼女はそう言 い残した。
「また会える、とか言ってた」
「別に会いたくは無いな」
 シリオンのにべもない意見に、何となくぐっと詰まったオム レットは、その彫像めいた容貌に不似合いなふくれっ面になっ た。シリオンの白い横顔を睨みつけてみるが、銀髪の魔法使い はそれをものともせずに、何かの書類に書き物をしていた。
 そんな二人の不毛なやりとりなど綺麗に無視して、シャラは にこにこと、手のひらに溢したミルクをパクゥに舐めさせなが ら言った。
「でも面白いよ。占い師さんかな?」
「占い師……といえなくもないけど……うーん」
「オム、他には何か憶えてないの?」
「んー……、あ、そういえばあたし、亡霊とか言われちゃった のよね。亡霊って何なのよ一体! あたしはこの通り生きてる っつーの!」
「亡霊?」
 大きな瞳をぱちくりとさせてシャラはその言葉を繰り返した 。
「亡霊って、お化けのことでしょ? オム、お化けだったの? 」
「だから、違うーっ! あたしは生・き・て・る! 生きてる からこそごはんが美味しく食べれるんだ!!」
「じゃあ、何で亡霊なの?」
「それは解んないけどー……。なんか、あの人当たり前のよう に言ってたのよね……」
 何で解っていないの? と言わんばかりの瞳で。誰の目にも 明らかのように。
 その瞳が妙に引っかかった。自分の知らない自分の事をつか まれているようで、少し落ち着かないものがある。
「それに……何かね、前にも……似たようなことを言われたよ うな……?」
 遠い、遠い昔に。
 それは、いつの 記憶?
 パタン、と本が閉じられる音に、オムレットはビクンと顔を あげた。その先にはシリオンが書類を片付けている姿があった 。
 シリオンはそれまでの話を聞いていたのかいないのか、マイ ペースに書類と本を片付けると、顔を上げて二人に言った。
「ま、とにかくクロノにでも行ってみないか? 仕事が来てい るかもしれんし」
「あっ、行く行く、ごっはーんっ!!」
 はいっ、と威勢良く挙手までしたオムレットに、シリオンと シャラはそのつもりもなく揃ってため息をついた。



 かららん、と軽やかな鈴の音が、ドアを開けるのと同時に鳴 った。
「あら、いらっしゃい3人とも」
 ガラスのドアを開けて入ってきた馴染みの3人組の姿に、シ ョコラは明るい笑顔を向けた。
 濃い金髪を頭の高い位置にくくりあげ、白いエプロンとかか との高いサンダルで忙しく動き回る彼女は、この宿屋の実質上 の主人でもあり、看板娘でもある。そして、冒険者にとっては 頼れる依頼仲介屋だ。
 シャラが明るく彼女に声をかけた。
「ショコラ、今日も忙しそうだね?」
「ええ、もう朝から駆けずり回ってるわよ。仕事が多すぎて眩 暈がしそう」
「へー。じゃ、他に人雇えば? ここ、儲かってるでしょ?」
 オムレットがいつになく冷めた口調で言った。鈍く隠された ような棘に、ショコラは当然、他の2人も気付いた。
「この店はあたしが面倒みないとダメなのよ。それに、人を雇 う余裕もないしね」
「ふーん」
「座らないのか? オムレット」
 多少牽制の意味も含めて名前を呼んだシリオンは、すでに席 についているシャラとそっと目を合わせた。シャラは柔らかな 眉を困ったように少しひそめてみせた。
 人当たりのいい笑顔上手のショコラと、人懐っこく陽気なオ ムレットだが、二人の間には何故かしばしば不穏な空気が流れ るのだった。それは大概ショコラの言葉や態度にオムレットが 突っ掛かるという形で現れており、シリオンとシャラが無視し ておける程度には、二人の仲は良くなかった。
 席に着いたオムレットに向かって、少し怒ったような顔をし たシャラが声をひそめて言った。
「もう、ああいうのやめてよ。いいじゃない、ショコラがどう 働こうと」
 言われてオムレットはちょっと憮然とした顔で返した。
「別にどうだっていいんだけどね。何か言いたくなるのよあい つには」
「ショコラの作るごはん好きなんでしょ? 仕事だって上手に こなしてくれるじゃない」
「確かにショコラのごはんは美味しいし、仕事は上手よ。でも それとこれとは別」
 憮然としたままのオムレットに、シャラはお手上げとばかり に椅子の背もたれによりかかった。シリオンは、最初から諦め ているのか、はたまた興味がないのか、無表情にメニューをめ くっていた。
 昼食の注文を済ませ、手早くいくつかの料理を持ってきたシ ョコラに、シャラが何か仕事は来ていないのか、と尋ねた。
「あ、いくつか来てるのよ。ちょっと待ってて」
 そう言って彼女は、金髪をひるがえしながらカウンターの中 に戻る途中、軽々と他の客からの注文を受けながらもさして時 間をかけずに紙束を手に持って戻ってきた。
「ええとね……トリニティから南30ヤールにあるセルビ村で の火蜥蜴被害の防止。サンザール山脈近くの北の迷宮で行方不 明になった子どもの捜索。あと、北東72ヤールにある森…… ビルドールの森っていうんだけど、そこに出る謎の火の玉につ いての調査」
「火の玉?」
「何それ」
 シャラとオムレットからあげられた疑問の声に、ショコラは 軽く肩をすくめて答えた。
「さあ。でもこのビルドールの森って、普段は影踏みの森って 呼ばれててね、何の準備もなく迷い込んだらもう二度と正しい 道には帰ってこれないって言われてるのよ。あの辺じゃ何人も 迷い込んだままだって噂。……で、どうするの? 何を受ける ?」
 ショコラのその言葉に、三人は三様に考え込んだ。
(北東……何かどっかで聞いたような……。うーん、でもどれ も気になるしー……)
(やはりここは一番報酬の大きいものから選ぶべきだろうか)
(……火蜥蜴はもちろん行くとして。子どもも可哀相だよねぇ ……)
 様々な表情に、ショコラは依頼書をひらひらさせながら待っ ていた。
「で? 決まった?」
 3人はちらり、と顔を見合わせて、お互いの顔を視線で探り あった結果、オムレットが口を開いた。






 






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