10. Writer 遠夜 「あ〜お腹すいた〜っ!」 思わず口をついて出た言葉は、そろそろ活気付いてきた商店街を軽快な足取りで進む、オムレットからもれていた。 嬉しくて嬉しくてたまらないという感情が、わかりやすくその満面に浮かべた笑みから見て取れる。 先ほど購入したのであろう、出来立てで暖かなパンを、一抱えもある紙袋いっぱいに入れて一人帰路を急いでいた。 「これだけあれば、2人にあげても大丈夫だよねっ」 そう一人呟いて、ちょっと味見でもしようと紙袋の中ををごそごそと探る。 そしてお目当ての大人気イチゴチョコパンを見つけると、手にとって自らの口に運び込もうとした時、 「ちょっと。そこの紙袋抱えた亡霊さん?」 …………。 突然、彼女の右横に佇んでいた、怪しい格好の女性(声から察するに、恐らく)がこちらに向かってそう話しかけたものだから、一瞬空気が固まる。 (………亡霊……?) いやちょっと待てよ、と思いつつ嫌な感じが彼女の全身を駆け巡る。 もしかしたら自分じゃなく他の誰かかもしれない、と少しばかり辺りを見渡してみる。 紙袋を抱えている人なんて……自分くらいしかいない。 いやだからまて自分。 彼女は亡霊って言った、亡霊っていったらそれは既に人じゃ……… 「聞こえてますー?亡霊のオムレット=ブランダーさん」 「ぇ」 名前を呼ばれて、『亡霊』とは自分のことだと気づかされた。 そこで初めて返事をしてしまったことにものすさまじく後悔する。 (うわー…怪しー………) 女性が着ているものは、暗色系の布を、どこがどうつながっているのか全く見当も付かない巻き付け方で身に纏う、いわゆるローブといわれるものだろう。 シリオンが好んで着る系統の服なので、見慣れてはいる。 この系統の服は、だらっとしていて体の線が全くわからなく、機能性がないので動きづらい。 どうやら魔法を行使するときに、ローブだと色々と便利なことがあるらしい。 だからか、大抵の魔法使いなどの類を行使する者はローブを着用する人物が多い。 (まぁ、それはいいんだ、それは) その女性は体の線が見えないどころか、頭まで半分以上を布で覆っていて、頭上にはどこかの御伽噺で出てきそうな、何世代か前に流行った大きなとんがった帽子をかぶっていた。 これは、痛い。 何が痛いって、そりゃぁもう精神的にクリティカルヒットな感じに。 「……って、なんで人の名前知ってるのさっ?!」 一通り女性の人となりを、失礼のない程度に確認してから、先の発言を思い出して驚愕を声に表す。 「見えるからねー」 事も無げにあっさりと、それこそわけのわからない怪し過ぎな発言をして、女性はオムレットの足元を指差した。 「落としてるけど、いいの?」 「のわああああああああッ?!!」 絶叫。 そして号泣。 女性の指した先には、先ほどまでオムレットの手中にあったが、今や哀れにもその地の養分となる運命を辿るしかなくなってしまった、イチゴチョコパンの砂まみれな姿が存在していた。 「あぅ………あぁぁぁぁ……」 もうこれ以上ないほどの絶望という感情を、しばし全身で表現し、次の瞬間がばっと起き上がり怪しげな女性の方を向く。 「なんてことを……ッ」 「いや私のせいじゃないし。っていうかそんな涙目で言われても………逆に怖い、というか愉快。」 「あぁ………あたしのいちごちょこぱんが………今日はもうないよね……せっかく……せっかく………」 もうほとんど錯乱状態である。 怪しい格好の人に愉快などと言われたというのにも気づかず、その場に蹲りなにやら呟く。 「……で。なんの御用…?そこの怪しいカッコのおねえさん」 とりあえずは復帰したらしい。 「特に」 「マテ。ってーことは単なる気紛れであたしの名前呼んでみて、それのみならずとぉーっても楽しみにしていたいちごちょこぱんまでお釈迦にしてしまったと?」 「うんそう」 「…………………あぁ………そぅ……」 とてもじゃないがもう何も言えない。 もういいからとりあえずこの場をさっさと通り過ぎて、活字中毒毒舌愛好家と、動物愛好家ならぬ動物崇拝人間三の次不思議少女のいる宿へと即行帰りたい気分になった。 「亡霊さん亡霊さん、ちょっとこっち見て」 「だから亡霊ってなんなんだ………」 ぼやきながらも、律儀に女性の方を向くオムレットは、お人好しなのかもしれない。 向いた目先には、拳一つ分くらいの、それほど大きくない水晶玉があった。 良く占いなんかで使われていそうな、それらしいモノだ。 「………?」 「ああ……やっぱり見えない。真っ黒ね」 「は……?」 「こっちの事」 わけがわからなく、彼女を水晶越しに見つめる。 彼女の方はこちらを見ているようで見ていない。 何故そんな事がわかるのかというと、オムレットが見ている彼女の瞳の焦点があっていないからだ。 (…………あれ…?この人の目の色………) 「 ………これよりそう遠くない未来、北東の地に真実の鍵顕れる 貴き者に選択を、世界の意思へは希望を、 そして―――― 」 言葉の途中でオムレットの視界から彼女の姿が消えた。 「……って、あれ?!」 「………ぅぅ…」 呻き声が足元から聞こえてきた。 「だ……大丈夫………?!」 ほとんど条件反射で、地に倒れ伏している女性を助け起こし、ぐったりとして力のない体に少し驚く。 「うっわ軽ッ。ちゃんとご飯食べてんのっ?これあげるから食べなさい!」 一人騒いであれこれ指示を出すオムレットに構わず、女性は空に言葉を放つ。 「…見えない……」 「――――と、言うわけなんだよッ!」 「ふぅん……」 なにやら必死に言い訳するように、オムレットは言った。 それを聞いたシャラは、なんとも言えない相槌をうってそれきりだが、隣に座っていたシリオンは黙ってはいなかった。 「それで、朝早く起きて抜け駆けしてまで買ってきた、『sderf』の限定品・イチゴチョコパン。 それを一個そのルテオさんに上げてしまって、ラスト1個しか残らなかったという理由で独り占めしたいと言うんだな?」 「う……だ…だってさっルテオ具合悪そうだったしッ!」 「まぁ私には関係ないな」 「……そぉだけど…」 「当然、まぁそこまで私も鬼じゃないわけだから、別にその手に抱えたもの全てを渡せとは言わないでおこう。最初の一つは明らかにお前の自業自得で、二つ目もお前のお節介のせいで勝手に消費されたわけだ。ここであえて言おう。抜け駆けしてまで買いに行ったお前なりの誠意を、具体的に見せて貰おうか」 「………わかったよ……コレはあげるよ…」 とてもとても名残惜しそうに、これ以上にない苦行を成し遂げるように。オムレットはその手に早置きの成果たる限定品を、シリオンとシャラの囲むテーブルに載せる。 「でも、コレだけじゃぁ朝ご飯とはいえ足りないよね?」 「…いつものなら、ほらコレ」 シャラのダメだしに、少し復活したオムレットが、続けてパンを二つそれぞれ二人の前に置いた。 シャラの前にはお気に入りの通称ポテト(sderf自慢の特性ソースで甘辛くソテーされたポテトが載っているロングセラーの定番メニュー)を。 それとシリオンには彼女一押しの通称たまご(朝一番に鳴く鳥の卵を丸々一個、自由都市トリニティから少し北東へと進んだ所にある特産品の珍味ラバー(香辛料の一種)と一緒に一晩煮込み、パン生地に包んで揚げたモノこれもまたロングセラーの定番メニュー)を。 「うんうん、まぁこれで許してあげるよ。シリオン〜イチゴ半分コしよ〜」 「OK。お前はいつも食べすぎなくらいなんだから、偶にはそれくらいでいいんじゃないか?ダイエットでもしとけ」 「い・や・だ。死んでもするかんな非効率的なことっ」 目前に置かれたそれを見て上機嫌になったシャラはとにかく、シリオンはいつも通りの皮肉を言ってきたので、とりあえずオムレットは応えておく。 二人は楽しそうにイチゴを半分コにして、ついで美味しそうに朝食を摂りはじめる。 そして手元に残ったオムレットの最近の嵌りである、若鶏を香草で蒸したモノをキッシュに載せた一切れを口に放り込み、名残惜しそうに咀嚼した。 |