9. Writer 神実
その場にいた全員の目が一カ所に集中した。 静かに佇んでいたあの大木が、ビリビリと幹を揺らしている。 それを動いていると表現したものか誰も答えられなかったが、『それ』は確かに、眠れる何かが目覚めたような光景だった。 シャラに示された先を、目をわずかに見開いて見つめていたシリオンは無言で目をこすり、再確認した後いやに冷静な声で、 「……動いた場合、木でも動物に分類されるんだろうか。どう思う?」と、傍らのシャラに訊いた。 「どう思うも何もあるかいっ! どうなってんのよ!!」 困惑した表情のシャラの横からオムレットが怒鳴りつける。ケイス・ケイも思わず剣を振るう手を止めて見入っている。 「これは……どういう事……?!」 混乱しているらしく言葉が形になっていない。 呆然と四人が見上げる中、木はさらに動きを増していった。ザワザワと葉を鳴らし、枝を揺らし、幹をしならせている。 暴風に揺すり上げられているかのような中、腹の底に響くような音が辺りに鳴り始め、突然ボコリと地面のあちこちが盛り上がった。 根が地面を押し上げているのだ。 「……ど……どういう事も何も…………」 四人が立っている場所にまで根が飛び出し、オムレットが叫んだ。 「逃げるわよーっ!!」 地響きと破壊音に負けじと張り上げられた大声に、他三人は慌てて屋敷の方へと駆けだした。 オムレットとシリオンは反射的にシャラの姿を確認したが、パクウを抱きかかえた彼女の躰を庇うようにして走っている求緑獣を見て、わずかに驚き、安堵した。 木はもはや木には見えないほど凶暴に蠢いていた。 周囲の土中からも堅く太い根が突き出し、その上に生えていた他の木々すらも邪魔になっていればその根を下からなぎ倒し、思うままに大地の上へと根をさらけ出していく。 舞い上がった土や小石が空から降り落ちてきて、走る四人と求緑獣の躰を打つ中、ズズズズ、と一際激しい地鳴りが起こり、足下が揺さぶられて彼女たちは思わず立ち止まった。 その揺れと共に、あれだけ頑丈そうな造りに見えた屋敷の壁に亀裂が走った。 バキ、と石壁が次々と割れ、崩壊は二階部分にまで及び始めた。壁が崩れ、柱が折れ、屋根も割れ出した。 ケイス・ケイのすぐ傍に崩れた壁のかけらが落ちた。 「だっ、大丈夫?! ケイス!!」 「大丈夫だよ、早く何とか避難しないと! 下敷きになっちゃう!」 「きゃあっ!」 とにかく建物から離れないと、とケイス・ケイが言おうとした瞬間、シャラが悲鳴をあげた。 「シャラ?!」 大声で少女の名前を呼ぶオムレットの目に、ふくらはぎを建物のかけらで切って転んだシャラと、彼女を石から庇う求緑獣の姿が映った。 「っだーもおーっ!! なんなのよ一体この木はあーっ!!」 「ケイス!! こっちに来い! オム、お前もだ!!」 思わずキレそうになりながらオムレットが怒鳴る横で、シリオンがいやに冷静な声で叫んだ。 「何よーもー! この際あの木に一太刀くれてやるー!」 「馬鹿、辿り着く前に根に潰される。いいから大人しくここにいろ」 「何かするの?」 「結界」 ケイス・ケイの問いに答えるや否や、シリオンは素早く本を取り出した。が、揺れる地表とあってはページをめくる事が出来ない。 チッ、と舌打ちをして、記憶の中にあるさほど長くもない魔法の詠唱を思い出し、思わず口走った。 「風よ、外敵から我らが身を護れ、円の砦をここに築け!」 シリオンが低く叫んだ瞬間、本が鈍く光り、四人と求緑獣の周りに空気の分厚い膜が張られた。 飛んでくる石や土が無くなり、全員が思わず安堵の溜息をもらした、その刹那。 暴れ狂う樹の、ひび割れた表面から強い金色の光が漏れ始めた。 「光ってる……!」 四人の目が光り輝く樹に釘付けになる中、地響きと共にすでに亀裂の入っている幹が激しい音をたてて割れ落ちた。 屋敷のあれだけ堅牢だった壁も割れ、 ひびの入った床石が巨大な根によって持ち上げられ、 砕けた幹の欠片が降り落ち、 大樹自体が倒れようとする、 すべてが崩壊するかのようなその中で、光り輝く幹の奥から─── 「…………竜………」 それは、まさに竜だった。 砕けた大樹と同じだけの身の丈を持ち、圧倒されるような巨体はどうやら光で出来ている。 ゆらり、と大きな長い首を巡らせ、高い位置にある頭部には、穏やかな優しい目があり、その目が地上を見下ろした。 その場にいた全員が、その目に見つめられたように感じた。 「……オーヴェリアン……?」 ぽつり、ケイス・ケイが呟いた。 伝説の優しい竜は、実在したのだ──── 再び、竜はゆらりと首を巡らせ、今度は高く高く天へと頭を掲げた。 そうしながら、まるで日向の雪のように、すぅっとその姿を消した。 どれだけ時間がたったのか、しばらくは誰も身動きできなかった。 ふと気付けば、辺りは静まっていた。とはいえ、屋敷はほとんど破壊され、整えられていた庭も根こそぎ地上に暴かれていて、もはや修復の見込みもない有り様だった。 シリオンが結界を解いて、全員の足が地上にそっと降ろされてから、ぽつりとシャラが呟いた。 「あの木に姿を変えて、この土地を守っていたんだね……」 「魂だけになっても、ずっと見守ってたんだ……」 そう言ってから今はもう根元だけになってしまった大樹を見上げていたオムレットは、不意にあることに気付き、叫んだ。 「あーっ! 骨っ、骨っ! オーヴェリアンの骨っ、なくなっちゃったよーっ!!」 「あ」 「ああ……」 「いなくなっちゃったね……」 「どーしよー、ケイスっ、あんたの儲け話どっかいっちゃったよーっ」 今更のように焦って騒ぐオムレットに、疲れたように嘆息したケイス・ケイは、腰に手をあてて、ふっと苦笑した。 「いいんだ、もう。どうやら肉体自体はとっくに消えてるみたいだし、多分……骨も残ってないんだろうから」 そう言うケイス・ケイの表情は、仕事がフイになった悔しさなど微塵も感じさせないものだった。むしろ、どこか清々しいかのように見える彼女に、求緑獣の腕に抱かれたシャラがそっと話しかけた。 「いいの……?」 心配そうな声で尋ねるシャラに向かって、ケイス・ケイは優しく、それでも力強く微笑んだ。 「うん。僕は……オーヴェリアンに逢えた、ってだけで、いいんだよ。……オーヴェリアンはいたんだから。…………いないって思ってた、その竜に逢えたんだから」 探せば見つかるのだから。 いるという証拠はなくても、それでもいる事はあるのだから。 見つける自信さえあれば。 ───捜す勇気さえあれば。そう思えた。 大人らしい微笑を浮かべていたケイス・ケイは、不意に悪戯っぽい笑顔に切り替えた。 「ていうかさ、君達の方がアレなんじゃない?これ、どうしたって住めないよ」 その言葉に、三人は瞬時に固まった。 「そういえば……」 「住むつもりだったんだ……」 ぎゃーっ、と頭を抱えて叫ぶオムレット、泣きそうに顔を歪めるシャラ、頭痛を起こしたかのようにこめかみを押さえるシリオン、と三者三様の表現でただ働きを悲しんだ。 「振り出しに戻っちゃったね……」 「かかった手間を考えるとむしろマイナス付きだな」 「プラマイゼロにすらならないのかーっ!!」 あたしの労力を返せーっ!と誰もいない屋敷と崩れきった大樹に向かって吠えるオムレットを見ながら、ケイス・ケイは明るく笑った。 「まあまあ、こういうこともあるって」 「うう……月並みな慰めアリガトウ……」 肩を落としてしまったオムレットを苦笑しながら見ていたシリオンは、ふと大樹の根元で風になびく紙切れを見つけた。 なおも嘆いているオムレットの背中をケイス・ケイが軽く叩いてやった。 「ほら、帰ろう?これだけの騒いだんだから、街のほうでも気にしてるんじゃないかな」 「ちっくしょーっ!ショコラに文句言ってやるーっ!!」 筋違いな事を叫びながら門へと引き返すオムレットに、ケイス・ケイが笑いながらついていこうとしたその背に、「待って」とシャラの澄んだ声がかかった。 振り向いた二人と、後ろにいたシリオンが見つめる中、シャラはそっと求緑獣の腕から降りた。 「この子……これからどうすればいいかな」 その言葉にあ、と三人は気まずい視線を交わし合った。 街にモンスターを連れていくことは出来ない。だが、植物から精気を吸って生きる求緑獣に、この荒れ果てた場所で前のように暮らしていくのは難しいだろう。 何となく黙りこくってお互いに何か言わせようとしている三人に、シャラはすがるような目で見上げていた。 「……あ」 はっ、と何かに気付いたケイス・ケイが笑顔になって、ずいぶん下にあるシャラに向かって言った。 「大丈夫だよ、シャラ! いい考えがあるの」 「ホント?」 「ちょっと、どうするのよケイス」 心配そうに声をかけるオムレットと、期待のこもった眼差しを向けるシャラに、ケイス・ケイはにっこり笑った。 「ま、とりあえず街に帰ろうよ。求緑獣にはちょっとだけここで待っててもらわなきゃならないし」 疑問符を顔一杯に浮かべつつも、疲労と空腹が頂点に達したのかオムレットは門の方へと再び足を向けた。シャラも名残惜しみつつも、求緑獣にここで待ってて、と言い残し、背の高い二人の後ろ姿を追おうとして、後ろを歩くシリオンに声をかけた。 「シリオン? どうしたの? 変な顔してる」 シリオンは自分の眉間に皺が寄っていたことに気付き、すっと和らげた。 「いや、なんでもない。行こう」 その言葉にシャラはちょっと首を傾げながらも、くるりと門の方へと駆けだしていった。 小さな後ろ姿を見送りながら、シリオンは懐の本を取りだし、その表紙に厳しい視線を向けた。 ───風よ──── 思わず口走った詠唱だったが、本来なら発動するはずのない魔法だった。なぜならシリオンの魔力はこの『本』を介してでしか働かないように封印されているからだ。 (それが、何故……) 封印の力が弱まっているのだろうか、それとも─── 案の定、街は大騒ぎだった。 冒険者による依頼の為起きた騒動だ、と事情を察したクロノのショコラから役所へは説明された。それも仲介屋の仕事である。だが、どうやら光の竜の姿を見た者も大勢いたらしく、さっそく調査が派遣されるようである。 翌日、依頼者の元へ行ってきたショコラは、食事のために降りてきた四人に報酬が土地じゃなくなったことを教えた。 「依頼者から礼金受け取ってあるわよ。屋敷と大樹が壊れたから、あそこ整備して何かに建て替えるつもりらしいわ。だから報酬は土地屋敷の代わりに金貨にしてほしいって。まあ、この方がよかったんじゃない?」 というショコラの説明は、食べる事に夢中なオムレットの耳にはさっぱり入ってないようだった。 「ショコラ、これおかわりっ! あと焼き鳥と煮込み野菜とザク切りアイヴォンスープ!」 「ああもう、はいはいはいっ! お願いだからもうちょっとゆっくり食べてよね!」 カウンターに入って料理をすごい勢いで作り始めるその手元を感心しながら眺めているシリオンに、ショコラは尋ねた。 「でもなんでオーヴェリアンは消えたの? 別に何をしたってわけでもないみたいじゃない」 「ああ……それなんだけど」 そう言ってシリオンはごそごそと懐に手をやり、ぼろぼろになった紙切れを取り出した。 「なあに、それ?」 「破れちゃってるね」 焼き卵を食べていたシャラが言った。 「これなあ……どうやら呪符の一種のようなんだ」 「じゅふ?」 口にものをいっぱいに詰め込みながら訊いたオムレットに、シャラの行儀が悪いという教育的指導が入った。 首をすくめながらそれらを飲み込んだオムレットは、再度尋ねた。 「呪符って?」 「確か書いてある魔法を使うことが出来るお札じゃなかった?」 ケイス・ケイの言葉に、シリオンは頷いた。 「魔法式を書きつけることによってその符自身に魔力を持たせたものだ。使うのはまあ、魔法使いに限るんだろうが……。これを使うと、術者本人がその場にいなくても魔法を使うことができるんだ。だからこの呪符を仕掛けた魔法使いを捜すのは無理だろうが……」 「で、そのお札が何したの?」 「この呪符の作用は……そうだな」 首からさげていた眼鏡をかけて、シリオンは呪符に書いてある文字を読みとろうとした。 「……召喚系、魔族のものを惹きつける、呼び寄せる、といったところか……」 「ああっ、じゃあの泥人形! あいつら、そのお札に集められてたってわけ?!」 「そっか……それで不死族の泥人形があんなとこにいたんだ……」 納得したようにケイス・ケイが頷く横で、オムレットが不服そうに声をあげた。 「なんでンなことすんのよ?あんなとこに泥人形集めたってなんの意味もないじゃん。せいぜいあの屋敷の持ち主が困るくらいでさ」 「……これは推測だけど……あの大樹のまわりにモンスターを集めることによって、大樹自身の力を弱めることが目的だったんじゃないかな?」 ケイス・ケイの言葉に、シリオンも頷いた。 「私もそう思う。おそらくあの大樹は衰弱死寸前だったんだろう。そこへ戦闘による力のぶつかり合いが起きて、それで竜の守護力を使い果たした……といったところか」 「……誰がそんなことを……」 ショコラのその言葉に答えられる者はいなかった。誰が、何のために? 重くなりかけた空気を振り払うかのように、オムレットがやや不自然な明るさでシャラに話しかけた。 「あっれー、シャラどしたのー? その瓶ー」 「あ、これ?」 テーブルの上に置いてあった小さな瓶を見て、シャラは微笑んだ。大人の掌ほどの高さの円筒型で、半透明の素材で出来ている。中には何かチラチラと光る砂のようなものが入っているように見えた。 「なに、これ?」 「あ、は〜い、それは僕があげましたー」 軽い調子で手を挙げたのはケイス・ケイだった。いぶかしげな顔をしたオムレットに、ニコニコ笑いながら彼女は説明した。 「それね、前に迷宮で手に入れた物なんだけど、『星屑いれ』っていう瓶らしくて、中に何でも入れて持ち運ぶことが出来るんだって。で、生物も入れられるって話だからシャラにあげたんだよ。僕、壊しちゃいそうで仕舞いっぱなしだったからさ」 「あ、もしかしてそれに……」 「そ。あの求緑獣を住まわせてるわけなんだよ」 「ははあ……それで昨日、クロノに帰ってすぐまた出掛けてたわけか……」 シリオンの言葉に、ケイス・ケイはその通りー! と、景気良くVサインを作った。 「ま、僕からの餞別ってことでね」 その言葉に、他の四人はきょとんとした。 「え?」 「餞別って……」 「また旅に出るの?」 驚いたように問い掛ける彼女たちに、ケイス・ケイは華やかな笑みを向けて言った。 「うん。オーヴェリアンの騒ぎも終わったし、資金も手に入ったし。今度は西にでも行こうかと思うんだ。なんせ僕の最終目標はアルーだからね」 のんびりしてらんないよ、と笑う彼女に、シャラはふにゃりと悲しげな表情になった。 「せっかく仲良くなったのにね……」 「またどっかで会おうよ。……そうだ、ついででよければ、何か探し物があったら一緒に探してあげるよ?」 そう言われて、三人は顔を見合わせた。オムレットが軽く首を振りながら答えた。 「あたしは別に……、あ、美味しい物情報はいつでも探してるけどっ」 「あはは、はいはい。シリオンは?」 「私も、特には」 捜し人がいることなど毛ほども出さず澄ましているシリオンを、オムレットはちらりと見たが、口には出さなかった。 「じゃ、シャラは?」 そう訊かれて、シャラはちょっとためらってから答えた。 「…………テウム、捜してくれる?」 「テウム?」 首を傾げたケイス・ケイに、オムレットが苦笑しながら言った。 「あー……シャラの恋人よ」 「へえ? そっか、もう人のものだったんだね、シャラは。彼の特徴は?」 「ええと……髪は青で、眼は黒で……。歳は……うーん、オムよりは年下で、シリオンよりは年上……ぐらいかなあ……」 「え?」 例にあげられたオムレットとシリオンは、驚いて思わず同時に声をあげて顔を見合わせた。それぞれ自分を指差しながら声をそろえて言った。 「同い年なんだけど」 「うそぉっ!!」 シャラ、ケイス・ケイ、ショコラが同時に叫んだ。 その勢いに鼻白んだ二人は、再び顔を見合わせた。シリオンがぼそりと「多分……」と言うのに重ねて、オムレットが周り中の視線全部を集めるような声で叫んだ。 「こんな年齢不詳な奴より、あたしが年上に見えるってのぉーっ?!」 「そう言われると微妙かも……」 「いや、でも明らかにオムの方が年上だよね」 「シリオンが幼いのかな……」 「イヤ、意外と……」 「…………どっちにしろ18歳なんだが……」 再びぼそり、とシリオンが呟いたが、誰も聞いてはいなかった。 「ま、とにかく僕と同じくらいなわけね。うん、解った。手がかりが見つかったら教えるね。えーと、シリオン、魔法使いだから、交信魔法使えるよね?」 「ああ。じゃあ血が必要だな」 「えーっと……」 二人がやりとりしている間も、オムレットはさっきのショックから抜けきっていなかった。 「そーんなにショックだったのかしらね?」 「ね」 シャラとショコラが頷きあう横でオムレットが呻き声をあげていた。 「うう……あたしのこの複雑な気持ちは解んないでしょうよ……あたしが、あの年齢不詳の、あの、たとえ顔は良くても怪しさの方がスゴイ、あのその名も知れた変人魔女のシリオンよりも年上に見られるなんてえっ!!」 「聞こえてるって」 5p以上の厚みの本がオムレットの脳天に直撃された。 その後ろからケイス・ケイが笑いながら足下の荷物をとって立ち上がった。どうやらすでに荷造りは終えていたようだった。 「じゃ、僕そろそろ行くよ。どこかで会えたらまた飲もうね。僕の国にも寄ってみるといいよ。山と湖のすごく綺麗なところだから」 「うん、きっと行く」 シャラがにっこり笑ってそう言った。 ショコラと親愛の抱擁を交わしてから、ケイス・ケイは三人に軽く笑いかけて手を振った。 「じゃ」 と、そう言ってケイス・ケイは背中を見せてサラリと立ち去った。その後ろ姿を見送り、ショコラがカウンターに戻りながら笑って言った。 「あいつ、またすぐ来るのよね。トリニティが故郷みたいになってきてるらしいから。半年もすれば確実に来るわ」 「へえ……」 なんとなくだが再会を予感しつつ、三人は再び彼女が去ったドアの方を見ていた。 …………そして気付いた。 「うわあああっ!! あいつ、ここの食事代払ってないっ!!」 「あ」 「あ」 「そういえば……」 嫌な予感が走り、チラ、と三人はショコラを見上げた。 一瞬口元に手を当てていた宿屋の看板娘は、極上の笑みを浮かべた。……心の底まで、商売人の笑顔で。 「4人分。銀貨で8枚」 そう言い残して軽やかに注文を取りに行く彼女の背中に、オムレットの叫びが響いた。 「おっ……鬼ぃぃぃっ!!」 数多く積み重なった皿をやるせなさそうに眺めながらシリオンが溜息をついて言った。 「今回の報酬はこれでパアだな……潤沢な資金への夢はまだ遠い……か」 「くっそおおっ!! こーなったら次の仕事だああっ!!」 「解った解った……」 いきり立つオムレットと諦めたように頬杖をついたシリオンの、二人の仲間を横目で見ながら、やれやれ、とばかりにジュースの残りをすすったシャラの膝の上で、うたた寝していたパクウがぴくり、と鼻面をあげた。 |