1.


Writer 神実



「───では三人で暮らしているのか」
「確かな情報です」
「生活は成り立っているのか?」
「仕事請負業のような事をしているようです。今は西方の自由都市に住んでいる事が確認されました」
「わずか三ヶ月で……解った。引き続き監視を怠るな」
「承知しました」

「愚かな……逃げ出せるわけが無いものを」




 第三大陸の西方には、商業で名高い自由都市トリニティがある。
 周辺の国々や政府とも貿易を取り交わし、自由都市としての確固たる地位を築いていて、旅人に対しても寛容な土地で、特に東に位置するカッシュ通りには宿屋などが立ち並んでいるので、旅の傭兵などがそこを拠点に仕事をしている事も多かった。
 そのカッシュ通りでも有名な宿屋クロノに、美人でちょっと有名な仕事始末屋がここしばらく滞在していた。
 それぞれ違う美貌の若い女の三人組で、一人は野性的で力強い美しさの剣士、一人は怜悧で中性的な端麗さの魔法使い、もう一人は人形のように可愛らしくも完璧な顔立ちの不思議な少女。
 彼女たちに仕事を依頼したければ、カッシュ通りの宿屋クロノに行けばいい。三人はそこをねぐらにしているのだから。


「家探そうよー……」
 晴天の下、簡単な仕事帰りの三人の内、一番背の高いオムレットが情けない声でそう言った。
「……自分の懐具合をよく見て言え」
 冷めた声音で返したのは、猫のような金の眼を気怠げに細めたシリオンだった。
 二人の横を一際小柄なシャラが、肩に犬型のモンスターであるパクゥを乗せて成り行きを見守ったまま歩いている。
「でもさー、宿代だってバカになんないじゃない?ならそろそろ下宿でもいいから腰を落ち着かせた方が……あ、コレ旨そう」
 店先に並ぶ果実の一つを手に取り、オムレットは嬉しそうに店主に値段を訊いた。
 シャラが溜息をついた。
「オムのその食欲を何とかしたら、家も買えるよねぇ」
「なにようっ!」
「本当、そうだな。お前、まず食う量減らせ」
「うるっさいわねぇっ!!何であんたら妙に結託してるわけっ!!」
 赤い顔でそう怒鳴ってから買った果実にかぶりつくと、オムレットは満足そうに笑みをこぼした。
 その様子を見たシャラとシリオンは、一瞬顔を見合わせると、同時に片手を突きだし、同時にこう言った。
「一口」
「……結局欲しいんじゃん」
 金のたまる見込みが全くない事に、オムレットは盛大にため息をついた。




 幻の森からシリオンの移動魔法で第三大陸に戻った三人は、学術院からは遠く離れた土地へと向かうことに決めた。
 正直なところ、不安は多かった。この三人での旅が。
 シリオンは研究で遠出したことはあっても、実際はマトディからほとんど外へは出たことはないし、あったとしてもそれは記憶喪失する前の事だ。
 シャラもあの森から出たことはない。海を見たことがない彼女にとって旅は本当に生まれて初めてだった。
 実のところ流浪の生活を経験した事があるのは、オムレットだけだった。
 何となく頼りないながらも、三人は意外なタフさを見せ、特に目的地を定めないままながらに自由都市トリニティにたどり着いたのだった。
 いくつかの国や都市を回って、三人は依頼された事をこなし報酬を貰うという仕事が、わりとポピュラーな職種の一つである事を知った。
 彼らの多くは流浪の旅人で、戦士や傭兵に多く、また民間の魔法使いなどがその仕事をしている。『冒険者』とも呼ばれるその稼ぎ方を知ったのは、ある日オムレットが腕力自慢を倒した事から始まった。ある都市の大通りの路上で、自分と素手で闘って勝った者に銀貨3枚を払うという、一種の賭けゲームにオムレットが挑戦したのだ。呆れるシリオンとシャラの目の前で、オムレットは40秒後に対戦相手をひれ伏させていた。
「客観的に見てもおかしいだろ……」
「柔よく剛を制す、ってやつじゃない?とにかく勝ったからなんか食べよっ!」
(思いっ切り拳で勝ってただろう……)
 シリオンは内心呆れかえっていたが、それはそれとしてシャラと口をそろえて「宿が先!」と釘をさしたものだった。
 とにかくそうやって安宿を確保した三人は、先程のオムレットのやり方を参考に、自分たちが出来る仕事を探し出してきた。オムレットは腕力と手先の器用さを生かした仕事、シリオンは頭脳と魔法を使う仕事をし、シャラは二人のアシスタント的な事をしていたが、その純粋な鋭敏さで時に驚くような成果をあげた。
 どの街にも一つは必ずそういった冒険者への依頼仲介をする紹介屋がいて、それを利用するようになってからはますます三人は特に仕事に困らなかった。なんといっても物騒な世の中だ。そういった戦闘の専門家を必要とするような事件は毎日のように起こっている。
 依頼をこなし、その報酬で食べていきながら、三人はこのトリニティにたどり着いたのだった。
 その頃にはそこそこ名も売れていたので───紹介屋同士では、どれだけ離れた町でも不思議と情報のネットワークは繋がっていたから、この目立つ三人の名も通っていた───仕事も入りやすくなり、三人はこの居心地の良い自由都市にしばらく居着こうかとも思い始めた。
 そこで、家、である。
 最初は冒険者のたまり場とも言えるカッシュ通りの紹介屋が宿屋と食堂を兼ねていたので、そこに泊まっていたのだったが、いくらなんでも長期滞在は懐に痛い。だから、三人の若い女(プラス、小型動物)が住んでも平気な程度の治安と値段と広さの部屋、を探しているのだが……───。
「まあ、そんな都合の良いものが簡単に見つかる訳は無いな」
 少し諦観したように呟くシリオンに、オムレットはがあっと言い返した。
「んな事ないっ!探せばあるっ!」
「でももう今まででずいぶん探したよ?南のイオニィ通りまで行ったのに無かったじゃない。あってもすっごく高いし」
 シャラに可愛らしく突っ込まれて、うう、と唸ったオムレットは、なんとか形勢を盛り返そうとしてみたが、思いつく言葉は不思議なくらい無かった。
「家が見つからなくとも仕事は出来るから、食うに困りはしないだろうが……早く見つけたい所だよな」
「食うに困ったらあたしが困っちゃうわよ!!」
「困っとけ。空腹はお前の基本動作だから今更困るというのも厚かましい限りだが」
「ひぃっどーい!食べることってのは大事なことなのよー?人間が生きている限りは必要な事なんだから出来る限りそれを楽しまなきゃソンじゃないのよー」
「黙れ、此の食欲の使徒が。お前の視線の先に有る物は何だ」
 漢字多々な喋り方をする時のシリオンは呆れ半分の時だ。
 その言葉にシャラがついと横を見ると、香ばしい煙をたてる焼き肉串の屋台が。
「……やっぱりオムレットが食べる量減らした方がお金も貯まるよねえ?」
 小さく傍らのパクゥに言うシャラに、幻の森から今までの旅を一緒についてきた小さなクロスマキツネは、きゅう、と鼻を鳴らした。


 







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