18.


Writer 神実



「ちなみにコレさあ、何の罪で囲まれてんの?」
「……不法侵入、重要文書の無許可閲覧、窃盗、さっきの塔近くの騒ぎがばれてたならプラス過剰防衛、器物破損、建造物破損、無届け大型攻撃魔法使用、こいつ等に何かするなら公務執行妨害、傷害……という所か」
「わぁお……訊いた事を今すごーく後悔してるよ……」
「ああ、時間外の関係者以外立入禁止項目にも触れるな」
「うるっさい!!もおいいっ!!」
 シリオンがずらずらと喋ってる間に、二人の周囲はきっかりとした警備の制服を着込んだ数人の男達に囲まれてしまっていた。
「動くな!両手を上へ、見えるように!」
「……拘束の理由は?」
「シリオン=ジュレック、並びにオムレット=ブランダーをジェイ・アーステル背任の罪で、身柄を確保する!」
 その言葉に、シリオンとオムレットは一応両手を上げ、お互いを横目で見ながらこそこそと囁きあった。
「……どうやらさっき並べた罪状ではないようだ」
「背任って、あたしもなわけ?」
「そりゃそうだろう。言われてたじゃないか」
「あたしマトディのヒトじゃ無いのにー。ていうかジェイなんとかって何?」
「ジェイ・アーステルはマトディの……お偉いさん達、かな。それよりどうするかな、こいつ等」
「どうするったって……このまんま捕まるワケにもいかないんでしょ?」
「何を話している!」
 ぼそぼそ言い合う二人に、厳しい誰何の声がかかる。
 ふむ、とシリオンは視線を走らせた。
 自分たちを取り囲む警備員の数は五人。素早く周囲を確認し、片手に抱いていた本をしっかりと抱え直すと、シリオンはオムレットにぼそりと呟いた。
「窓から逃げるぞ」
「オッケー」
 懐から本を抜き出したシリオンに、警備員達はざっと身構えた。『火』の項目を開く。
「わあああっ……!!」
 バンッと響いた大きな爆発音に、警備員達は口々に悲鳴を上げた。派手に光が飛び散り、一面が一瞬明るくなった。
「ちょ……ちょっと、何したのよあんたっ!」
「いや、火花を……」
 散らそうと思ったんだが予想より大きくなっちゃった、と言う魔法使いの頭を、オムレットは鋭くひっぱたいた。
 両腕に本を抱えるシリオンの襟首を掴んで、オムレットは狙っていた窓から飛び出した。
 そこは十七階だったが、運良くすぐ下に大きく張り出たテラスがあり、二人はそこから転がり出てすぐに体勢を整えた。
「とりあえずここから飛ぶぞ!」
「こんなどさくさまぎれな旅立ちイヤー!!」
 『変化』の項を開き転移魔法の文章を撫でると、二人の躰は淡い緑の光に包まれた。
「……いない?!」
 追っ手達が冷静さを取り戻した頃には、二人の姿はとうにそこから消え去っていた。


「……わあああっ?!」
 バサバサバサッ、としげみの中に落ちたのは、シリオンとオムレットの二人だった。
「……いっててて……えーと……ここどこだ……?」
 草まみれの髪を掻き上げてシリオンは空を見回した。
(星の位置からすると南方の……3から7か?とすると……)
「転移成功ってわけか」
 声に出してみても、何となく情けない気分は払えなかった。
「おーい、オムー……?」
 友人の姿を捜したが、彼女の姿は見当たらなかった。聞こえてくるのは、虫の音と動物の呻きのような音だけだった。
「しくじったかな…………まあ、いいか」
「終わらせんなああっ!!」
 いきなりシリオンの足下がひっくり返り、転倒した彼女を草と土まみれの黒髪の友人が見下ろしていた。
「失敬な奴だな。いたんなら返事ぐらいしろ」
「してたともっ!!あんたが聞いてなかったんでしょおっ!!」
 その言葉にシリオンは数秒考え込み、さっき聞こえた動物の呻き声のような音がそれだと気付き、ぽんと手を打った。
「ああ」
「……も、イイや……ここ、幻の森……?」
 友人の反応にぐったりと脱力したオムレットは、周囲の木の多さを見ながら訊いた。
「多分そうだろう。ただ、そのどこら辺かは……」
 困ったように二人は夜空を見上げた。そこには満天の星々が瞬いているだけだった。
「さて、あの子はどこにいるのやら……」
「あー、シャラね」
 つい先日会ったばかりの可愛らしい顔立ちを思い浮かべて、オムレットは森を見回した。
「何か向こうから気付いてくれる方法無いのかな」
 前回さんざん攻撃されたせいか、シリオンは少し顔をしかめた。
「……問題は逆なんだよな」
「あの子のトコにもさっきみたいに捕まえに来る奴らがいるかも、って事?」
 それはとても有り得るだけに、オムレットも嫌そうな顔になった。元を正せば、彼女に出会ったからこそ今二人は追われる立場になっているのである。騒ぎの中心である彼女の所にも注意が向くのは当たり前だろう。
 はあ、とシリオンは大きく溜息をついた。抱えていた二冊の本を懐に仕舞う。
「またテウムとやらと違うからってキレられたら嫌だぞ、私は。その時はお前相手しろよ」
 疲れているのか、やや投げ遣りな口調になり始めたシリオンに、オムレットは少し呆れたような視線を送った。
「っとに体力ないよねー、あんた。まあ、その割には疲れた様子見せないけど」
「お前ほど食べないんだ」
「ヤな奴ぅぅっ!いーじゃないよ、迷惑かけてないもんっ!」
「そう思うんなら二十秒ぐらい黙ってみろ」
「ひっどーい!!」
 騒がしい二人の気配を嗅ぎつけたのか、周りに動物の気配があふれてきた。
 こちらを窺うような視線に、二人はピタリと動きを止めた。
「……ねえ、そういえばここ、モンスターいたよね……?」
「……夜の森だったな。そういえば」
 平然と放たれた言葉は、オムレットにとってはかなりの問題発言だった。
「そ、そおいう事言うの、やめてよぉうっ」
 怯えた口調になる大柄な友人に、シリオンは性悪な笑みを浮かべた。
「知ってるか?森の魔物の話。彼らは猿のように木から木へと跳び移りながら、森に迷い込んだ人間をじーっと見てるんだ。ふっと視線を感じて後ろを向くとらんらんと光る二つの眼があるんだ……」
「あるワケないでしょんなことぉぉ」
 完全に動揺しているオムレットに、シリオンは更に言ってかかった。
「ある日、学院の生徒が調査のために西の森に行ったんだが、そいつが帰ってきたのは二ヶ月後で、森の入り口で発見されたんだ。発見当初は髪は真っ白、目は虚ろでガリガリに痩せ細っていた。そいつが譫言のように繰り返していた言葉が……」
 突然ガサッと繁みが揺れた。
「きゃああああぁぁぁぁあっ!!」
 超音波に匹敵する声量の叫び声で、周囲の草木はビリビリと揺れた。
「いやあああーっ!!何なにナニィッ?!」
「ええい、うるさい!人の髪を掴むな!!……何だ、あの小動物じゃないか」
 その言葉に、シリオンの短い銀髪を握りしめたまま、オムレットはおそるおそる、怒り顔で自分を見上げる友人の指差した方を見た。
 繁みの中から顔を見せていたのは、大きなしっぽを揺らしたクロスマキツネの子供──あのシャラに連れて行かれたはずの──だった。
 それを確認すると、オムレットの指から力が抜け、シリオンのクセの無い髪がさらりと落ちた。彼女は不機嫌そうに頭を押さえる。
「ホントだ。あの子じゃん。シャラが連れてってたよね?」
 小さく鳴き声をもらす仔ギツネを、オムレットは抱き上げた。
 それを見ながらシリオンは無表情の中、整った眉だけをひそめた。
「はて……」

 








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