15.


Writer 遠夜



「っうまそーーっっ買ってく買ってく!おばちゃんちょーだいっっ!!」
「はいはい。いつも通り、3つでいいね?」
「うんっ!」

 焼きたてのパンが茶色の紙袋に詰められて、ほかほかと湯気を立てる。
 それを、この上なく嬉しそうな、満面の笑みで見つめるオムレット。

「はい。どうぞ」
「ありがとう!おばちゃんっ!!」

 言って、オムレットは、少し錆びた銅色の硬貨を3つ、使い込まれて荒れているが、暖かなおばちゃんに手渡した。

「またきてね!」

 パンを銅貨と交換に手渡されると、同時に、いつものフレーズを投げかけられる。

「うん!とうっぜん!!」

 それに、先ほどと同じ位、満面の笑みを浮かべてオムレットは答えた。
 そして、ゆっくりと自分の家に向かって歩き出す。
 今頃、ガラクタでいっぱいになっているであろう、元・我が家へ。
 道中、買ったばかりのパンをかじりながら、見慣れた風景に視線を這わす。

 通称イフィッシュ通り。
 イフィッシュ市内最大の通りと言われていて、2・3年前に市内に来たときから、オムレットはこの通りに入り浸っている。
 店の種類を挙げていけば、新鮮なフルーツ類を売っている店から、ハッキリ言って、普通の日常生活送っていたら絶対必要なさそうな、理解不能な薬やら魔法書やら売っている、怪しげな店まで、様々にある。
 それらをひやかすように見やったり、顔見知りの店員と話をしたりして、楽しみながらいつものように通過する。
 途中で道を曲がって、少し細めの通りに出ると、同時に、極端に人通りが少なくなり、進むごとに満ち溢れていた喧騒も遠く聞こえなくなっていく。

(・・・・・おかしいなぁ・・)

 胸中で、一人ごちる。

(昨日の今日だよぉ・・?何で誰も聞かないのかね・・・・・)

 明らかにおかしい。
 昨日、あからさまな、ド派手な爆発音が少し離れているとはいえ、近所で起きたのだ。
 ふつう、気になる。
 第一、もし万が一届いてなかったとしても、家の周囲に人が住んでいないわけじゃない。
 噂となって、広まっていてもいいはずなのに、それがない。
 噂ほど、刺激に飢えた人々が飛びつくように、それこそ在ること無いこと尾びれ背びれを付け足して、信じられないほど素早く広まるものはない。
 断言してもいいくらいだ。
 そう考えてから、またしばらく進んで、やっとこさ自分の家の変わりない姿が見えてきた頃、決定的な違和感を自覚した。

(・・変わりない・・・?)

 昨日まで住んでいた家の、いつもと全く変わらない姿。
 周囲は、いつも通りに閑散としていて、人の気配がない。

 さすがに、訝しげに表情を歪めながら、ゆっくりとしていた歩調を速める。
 足早になってたどり着いたドアには、カギが掛かっていなかった。
 音を立てずに、ドアを開ける。

「・・をぅ」

 室内には、何もなかった。
 ずっと使っていて、この頃愛着のわいてきたベッド。
 あまり物を入れてなかった、中古品の棚。
 狭い部屋を余計狭くどころか、ごちゃつかせる原因となっていたモノも。

「こりゃまた、綺麗に掃除してくれちゃって・・・・」

(決行派手に爆発するようにしたからなぁ・・絶対なんか残ってるって思ったのになー)

 傷跡一つ、機材のカケラ一つでさえも無く、まるで最初から誰も住んでいなかったかのように、真っさらな部屋。

「・・・・まいっか」

 一つ、陽気で冷たいその一言をのこして、オムレットはその場できびすを返した。




――――夕方。

「リオーっ!」

 こんこんと、シリオンの屋敷の扉を叩きながら、オムレットは声をあげていた。
 しばらくして、キィ・・という音と共に、扉が開く。

「だから・・っ」
「わかったってばっ!もー今更。呼び方くらいいーじゃんかーっ!」
「・・・・・・・・」

 沈黙してしまったシリオンの横をすり抜け、屋敷の中に入り込む。

「おおぁ?」

 微妙に間抜けな声をあげて、オムレットは後ろにいるシリオンの方を向く。

「あんなに散らかってたのに・・なんで片付いてんの?めっずらしー」
「魔法使って片付けた」
「そぉ・・いーなー、やっぱ。便利でー・・・・ってか、何で今までそれしなかったのさ」
「面倒だったから」
「・・・・あ・・そう・・」

 いずれも一言で片付けられ、オムレットは少し気を落とす。
 とはいえ、すぐに取って返して問いかける。

「ね。『幻の森』行くのはいいんだけど、その後どうするの?」
「んー・・まだ考えてない」
「・・・そぉですか・・んじゃさ、大陸食い倒れー♪ってどぉ??」
「却下」
「えーーー」

 いいじゃんか、食い倒れ・・と、続けようと、オムレットは口を開いた。

 瞬間。

 周りの背景が、激変した。


「?!」
「え・・・・?」

 








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