10.


Writer 神実



 異常なほどの苛烈な睨み方に、シリオンは動揺していた。
(なんか…ここ何年か見ないほどの睨まれ方なんだけど…)
 眉根を寄せて戸惑っているシリオンに向かって、彼女は鈴のように高く澄んだ声で叫んだ。
「誰?!テウムじゃないじゃない!うそつき!!テウムはどこ?!」
 感情がたかぶっているのか、うっすらと涙ぐんでいる。その彼女の躰から、さっきと同じような金色の光が滲み出ていた。
 少女の様子に何か危険なものを感じて、シリオンは咄嗟に冷静になることが出来なかった。
「テウムはどこなのぉっ?!」
「ちょっ…待て、待て!何が何だか…!」
 ってかお前は一体誰なんだ!!という問いを口にする暇も無く、シリオンは背後の大木に真っ直ぐ叩きつけられていた。
「…っ、は…っ!」
 背骨に強い衝撃を受けて、一瞬呼吸が止まりそうになった。
 痛みに息もままならない状態で、シリオンはなんとか頭を回転させ始めていた。
(詠唱も媒体も無しにいきなりこれだけの力が放出できるって何だ…?!この波動は…人間じゃない?)
 不意にズキンと背中が痛んで、シリオンの顔が引きつった。
 必死で痛みを堪えながらも、目の前で金色に淡く輝く少女に目を向けた。
 長い髪は普通の茶色。眼は左が柘榴の赤、右は薄い桃色。
(時々いるな、ああいう左右で色が違う奴。まあ、同じ赤系統の色だからそんなに極端では無いが…)
 あどけない顔立ちは、大きな瞳が目立つ可愛らしい造りだ。最初から幼さを特徴とした人形のようにも見える。
 躰の造りも、見た感じは普通の十四、五歳の少女だ。着ているワンピースのような服も、取り立てて変わったところはない。
(でもなあ…宙に浮かんでいるという時点で…)
 考え込んで集中し始めたシリオンに、少女は苛立ったように声を張り上げた。
「なんでテウムがいないの?!なんでテウムがいなくてあなたがいるの?!あたしが起きた時に、あの人、また傍にいてくれるって言ったのに…っテウム、いない…っ!!」
 どうやらパニックになりかけている様子の少女に、シリオンは何だかぐったりしてきていた。
 ──…なーんかマズイもん起こしてしまったような…。
 放っときゃよかった、と今更ながら後悔したが、自分の性格が原因でこうなったのだから、とやかく言える身分でもないのである。
 とりあえず言葉は通じるようだ。と、その事に光明を見いだそうとした。
「悪いが、あなたを起こしたのは私みたいだ。あの結界を作ったのはあなたか?それともテウムとやらか?」
「…テウムじゃないなら、出て行ってーっ!!」
 声の爆発と共に、周りの石壁にまとわりついていた木々から一斉に芽吹いた。
 あまりの出来事に、シリオンはぎょっとして動けなかった。
 少女の爆発はまだまだ続きそうだった。
「テウム出してーっ!!」
「…ああ、なんかもう…。こういう痛い役回りは私じゃないはずなんだがな…。とりあえずこれは喧嘩売られてると解釈していいもんかな…?」
 ズキズキと痛む背中をさすりながら、シリオンは懐から赤い革の本を取りだした。
(…そういえばあの体力バカはどこ行ったんだ?)

 森をずかずかと歩いている途中、オムレットは小さな鳴き声に足を止めた。
「んー?お、何だお前ー?」
 彼女の足下に、まとわりつくようにして一緒に歩こうとする仔ギツネがいた。どうやらオムレットの持つおやつにつられて来たらしい。
 きゅんきゅんと鳴き続けるキツネに、オムレットはしゃごみこんでポケットに入れてあったパンを小さくちょっとだけちぎり、キツネの口元に運んでやった。
「腹減ってんのー?あたしもだよー」
 妙な仲間意識でパンを食べるキツネの頭をなでてやっていると、不意に大きな破壊音が聞こえた。
「な、なんだあっ?!」
 オムレットは思わずキツネを抱きかかえ、音のする方向へ走った。
 ふと、走ってる途中に気付いたのは、その方向が偶然にも光の見えた方向でもあった。そういえばその光も消えている。
「もしかしてリオー?!おーいっ!リオーっ!」
 とりあえず怪しい爆発だったので、オムレットは心当たりのある友人の名前を呼んだ。
「ううん、返事は無いがアヤシイ」
 ぼそりと呟いて、ガサガサと繁みをかきわけながらオムレットは、目指す場所を探した。
「お」
 繁みを抜け、ちょっとした広場に出ると、そこにあった遺跡に思わず声を漏らした。
 その遺跡のどうやら真ん中あたりから何やら破壊音が聞こえるのに、オムレットはため息をついた。
(ぜーったいシリオンじゃん…)
「あーの遺跡マニアが…」
 猛然と騒ぎの中心部に駆けだしていった彼女の腕の中で抱きっぱなしだった仔ギツネがきゅん、と鼻を鳴らした。
 その声にキツネの存在を思い出したが、今更捨てるわけにもいかず、ジャケットの懐に押し隠した。
「リオっ?!何してんの!」
「その呼び方をやめろと言ってるだろう!男みたいだろうが!」
「大丈夫、男には見えないから。女にも見えないけど…って、え…?」
 威勢良く跳ね返ってきた返事に安心したオムレットは、反射的にたたいた軽口を、途中で飲み込んだ。
 青い眼が点になり、半開きの口で叫んだ。
「なんだああああああ?!」
「なんだも何も…こういう事さ」
 ふうっと大きな溜息をついて、グッタリした様子のシリオンは、開きかけた本のページをパタンと閉じた。
「…お前の叫びで気が抜けた。後はまかせる。眠くなってきたようだ」
「ええ?!ちょ、ちょっとお!何あの子ー!何か、ずいぶん美人な子だけど…ってか宙に浮いてるって何ー?!」
 茶色い髪をたゆたわせて、少女は新たな侵入者に敵意に満ちた視線を向けた。
「…テウムがいない。いないのに、全然別の人間なんかがいる…」
 ぎゅっと拳を握ると、涙混じりの目をつむって一声叫んだ。
「みんな出て行けーっ!!」
 爆発した叫びと共にオムレットの周囲の地面が大きく揺れた。
「わ、わっとっ!」
 激しい地響きと共に足下の揺れが激しくなっていく。
 この変化に危険を感じたオムレットは、魔法使いのの友人の方へ、急いで視線を向けた。
 木陰でやる気無く寝そべっている彼女は、友人の方を見ようともしていなかった。
「期待したあたしがバカだったのか…?いや、ちょっとは手伝ってよおっ!このセリフ二回目だよ?!」
「っさい。背中痛いんだよ」
「ちょっとおお!せめてこの子預かっといてよおっ!」
 何故だか不機嫌なシリオンに向けて、閉じていたジャケットの前を開けた。
 中から小さなキツネの顔が覗き、きゅん、と小さく鳴いた。
 その姿に思わずシリオンも顔を上げた。
「お、クロスマキツネ」
「そんな種族名はいいから、早く…アレ?」
 すぐ近くで茶色いものが揺れ、オムレットが視線をふいと下へ向けると、キツネに対して熱い眼差しを送りつけている、少女がいた。
 いつのまに移動を…!と、オムレットがのけぞった隙に、彼女の懐からクロスマキツネの子を取り上げた。
「やーん、可愛いー!まだ生まれたばっかりかな、お母さんは?お腹空いてない?」
 さっきまでの攻撃的な雰囲気はどこへ行ったのやら、キツネに向かって語りかける少女の優しい仕草に、残された二人は呆気にとられていた。
 少女の言葉に応えるようにきゅんきゅん鳴くキツネに、彼女は姫君もかくやとニッコリ微笑んだ。
「そっか、よっかたあ。怪我もないみたいだね!」
 こっそりとオムレットが友人に耳打ちする。
「ねえ…通じてんの?アレ」
「少なくとも、私たちよりかは通じてるみたいだな」
 ズキズキとまだ痛む背中を、シリオンは少々情けない面もちでさすった。

「…で?君の名前はなんて言うわけ?」
 オムレットの極単純な質問に、少女は小首をかしげて考え込み、その様子に大人二人は顔を見合わせ、何故かお互いを気の毒そうに見遣った。
 『キツネの子を助けた(?)』という行為によって、パニックが収まった事も手伝って少女の心証は一転したらしかった。今では、遺跡を出てすぐの草原の上に座り込み、膝の上に仔ギツネをのせてニコニコしている。さっきまでの爆発ぶりは一体どこへ…という変貌ぶりだった。
「気まぐれなタイプなのかね」
「呑気なこと言ってんじゃないのっ。ホラっ、あんたがホントは調査しなきゃならないんでしょ!やんなよっ!」
「んー…だから名前訊いてるだろう」
(訊いたのあたしじゃんっ!!)
 言うのも馬鹿馬鹿しいと感じたのか、オムレットは不満顔で押し黙った。
 シリオンが無言で見つめる中、少女はふと瞳に何かを閃かせた後、口を開いた。
「…シャラ。シャラだよ」
「…思い出した?」
「うん。テウムにそう言ったの思い出した。シャラ=クルエンタがシャラの名前」
(テウム…なあ)
「ねえねえ、そのテウムって誰?あ、あたしの名前はオムレット=ブランダー!で、こっちの短い髪のやつがシリオン=ジュレックだよ!」
 予想通りとはいえ…。
 やっぱり数分と黙ってられないタチのオムレットが騒ぎ出し、シリオンはげんなりと疲れた顔をした。
「お前、私に調査しろとか言いながらそれか?ったく、一時たりとも静かにいられないのか。ガキか、お前。ああ、ガキの方が静かだな」
「うわっ、ひっどーいっ!!自分だってなによー!調査ってーかっ、人と話してる時ぐらい本閉じてらんないのーっ?!」
 シリオンの手元で当然のように開かれている分厚い書物を指差しながら、オムレットは大声で叫んだ。その途端、
「うるさい!!」
 と、思いもかけない方向から怒鳴られた。
 大声に怯えるクロスマキツネの背中を宥めるように撫でながら、その手付きとは別人のように怒りの形相を浮かべているシャラがいた。なまじ美少女なだけに、迫力がある。
「この子がびっくりしてるでしょ?!おっきな声出さないで!!」
「…ごめんなさい…」
 迫力に負けたのか、オムレットは竦み上がって謝った。
 思わず見開いていた目を細めて、笑いをこらえながらシリオンはその状況を眺めていた。
(イフィッシュ通りじゃ知らない者はいない『爆弾便利屋』があっさりと…ねえ)
 自らの行いについてはかけらも謝ろうとせずに、シリオンはこの新しく出来た関係の二人を楽しそうに眺めていた。


 







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