1. Writer 遠夜
『幻の森』 いつからそう呼ばれているのかは知らないが、ともかく、そこは森だった。 見渡す限り緑色しかなくて、ちょこちょことカラフルな花はその風景の中にあったが、基本的には木々で構成されている所だった。 「あついーっ・・・だるいーっ、こんなトコ、ずっといたら死ぬーっ・・・」 「・・・だったら、ついて来なければよかっただろ・・・」 「ヒマだったんだもん。大陸から外に出るなんて機会、そうそうないしー・・・」 「だったら、文句言うなっ!」 「えーー」 不満そうに、よく見ないと分からないくらい深い、青の目を変じた彼女は、いつも羽織っているジャケットを腰にくくりつけ、そのままもう一人の前を先行して突き進んだ。 後から着々と歩んできているもう一人は、長い、全身を包むローブらしき服をさほど変化させることなく進んでいる。 「ってか、ずるい」 「・・・何が?」 しばらくせかせかと好奇心の赴くままに進んでいた彼女は、突然振り向いてもう一方に言った。 わけが分からず、聞き返す。 「だって、シリオンは魔法で気温なんかどうにでもなるじゃんかっ!」 「あー・・・でも、それは職種の違いというか、特権であって。だいたいからしてあんたも知ってる通り、魔法ってのは資質と頭がいるんだよ。それなりに勉強して、それなりに資質もあったんだからこういう結果が出るのは当たり前。出来もしないことにケチつけて、私に八つ当たりされても、これはこの世界の規律であって、ソレを捻じ曲げることは到底不可能。どうしても同じことがやりたいんなら、大金持って闇商売でもやってそうなアンダーストリートに行って、伝説にさえなってる『魔法石』でも買ってきたら、オムレット?」 「あーーーっ!!もお分かったよっ!!!」 オムレットと呼ばれた彼女は、そのまままた前方に向かってずかずかと進んでいった。 その姿を見て、シリオンは小さく笑っていた。 ――――3日前。 シリオンはいつも通り、大陸図書館にいた。 本当にいつも通りなら、一人で歴史書などでも読み漁っているところなのだが、ついさっき、マトディ学術院からの依頼通知を受けたところなので、こうして、事前調査をしているのだった。 『幻の森』 この名を知っている者は、無数にいるだろう。だが、中に入っていった者はそういまい。 なにしろ、大陸から出るのさえも一苦労だというのに、世界協定重要自然財に指定されて以来、誰一人として足を踏み入れたことは無い。 とはいえ、過去の調査結果はたいしたことは記入されていなかった。 ただの森。 さしてとりたてるような資源もなく、だからといって、遺跡などという大それたものも無かったらしい。 そうなると、何故自分がわざわざ大陸を出、船などに乗って調査しなければならないのだろう? 予想は立てていた。 確かに、『幻の森』に対する調査はとっくに行われていた。だが、実はそれは数十年前のことで、いくらなんでも、そのまま記録を更新しないわけにはいかない年月が経っているのだろう。そこで、今、大陸を出られるだけの行動性と、権力。立場的にも当てはまる自分が、自動的に選出された。・・・という事だろう。 同行する人員とやらも自己判断していいとあるし。 その同行者にも、一応同等の報酬は出るらしい。 別途払いだというので、そこらで適当に・・・ 「シリオン!」 突然、それなりに聞きなれた声が、背後から聞こえた。 多少、その不意打ちな声に同様しつつ、振り向く。 「オムレットか・・・」 「うっわ、ひっどー。なんかそれって、すごく私がやな人みたいじゃん」 言いつつ、オムレットはシリオンの眺めていた本を見る。 「・・・何これ?」 「仕事。次の調査依頼の、事前調査」 「ふーん・・・『幻の森』か・・・」 オムレットは思案顔で、調査依頼書を眺める。 「ねー。これ、私も行って良い?」 「へ?」 「ってことで。いつ行くの?明日?明後日?」 「え?あ、一応、明後日行く予定にはしてるけど―――」 「んじゃ、用意しないと。私今日はちょっと用事あるから、また明日、連絡するねー♪」 「って、ちょっと待てっ?!」 強引に同行を決めると、その一瞬後、オムレットはその姿を消していた。 「まぁ、いいか・・・」 少々、諦め口調でシリオンはそう言うと、資料を片付け始めた。 すぐに、歴史書なり、読みかけの本を取り出すと、おそらく、閉館まで続くであろう読書を始めた。 『幻の森』はそれほど危険でもないだろう。 それどころか、シリオンはかなりの腕の魔術師で、オムレットも同等の剣士でもある。―――本職は、2人とも異なるのだが。 それで安心していたせいか、それなりの危惧を解除していた。 ――――『幻の森』 「・・・・・多い・・・」 「・・・そだね・・・・・・」 シリオンの言葉に、オムレットは答える。 何に対しての言葉かというと、2人の目前にいる生物だ。 明らかに、2人に対して友好的な意思は無いと思われる。 十数体のモンスター。 そうそこらの動物と変わりない姿で、2人の前に立ちはだかっていた。 「オムレット」 「何?」 「これは、調査だから。生態系は狂わせちゃいけない。だから・・・」 「めんど・・・」 シリオンの言いたいことが分かったのか、オムレットはそう呟いて、未だに2人の前方にたちはだかるモンスターを見据える。 瞬間、前方から十数体全部が、こちらに向かって来ていた。 |